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「パパ! 今日、オープンスクールなんだ。一緒に行ってくれる?」
朝一番に、純が言った。
「え? 今日なの? 明日じゃなかったっけ?」
輝也は聞いた。
「明日は成和大付属だよ。俺ね、令成大付属も受けようかなって思ってるの。」
「令成付属? 凄いな! 名門じゃないか…。」
「俺、頑張りたいんだ! だからオープンスクール連れてって!」
「…あぁ…今日かぁ…」
輝也は頭を掻いた。
土曜日の朝はショッピングモールに行こうと思っていたからだ。
モッコと約束をしている訳では無いけど、偶然会えるのは土曜の朝のショッピングモールしかない。
「ママは? 今日予定ないんじゃない?」
輝也は言った。
「ママは寝てるよ。起こしたら絶対怒り狂うって!」
純は顔をしかめた。
「…そうかぁ。分かった。行こう!」
「ありがとう! すぐ準備するね!」
純はスキップして自分の部屋へ行った。
―ハァ…モッコさんに会いたかったなぁ…。
令成大付属中学のオープンスクールは大盛況だった。多くの親子連れで溢れていた。
「純君!」
案内のテントの列から純に声を掛ける女の子がいた。
「おはよう!」
純はその子に手を振った。
「同じ塾の早瀬さんだよ。」
純は輝也に満里奈を紹介した。満里奈も父親と一緒に来ていた。
―ははぁ…令成付属の理由はこの子か!
輝也は息子を微笑ましく思った。
「息子がお世話になっております。」
輝也は満里奈の父親に挨拶した。
「こちらこそ! 純君の話は娘からよく聞いています。」
早瀬は言った。
「純君! 一緒に見て回ろう!」
満里奈は純を誘った。純は嬉しそうに頷いた。父親二人は子供たちの後ろをついて行った。
「お互い、合格するといいですね!」
満里奈の父は言った。
「そうですね。頑張って欲しいです。」
輝也は答えた。
早瀬は前を行く子供たちを見て溜息をついた。輝也はそれに気づいた。
「…あの…どうかされました?」
「あ…いえ…何も…」
早瀬はそう言ったが、顔は何もない様子では無かった。
「あの…少し愚痴ってもいいですか?」
早瀬は言った。
「え? あ…あの…僕なんが聞き手で…いいんですか?」
輝也はたじろいだ。
「いや、高橋さんだからいいんです。実生活ではほとんど関りないし…その…いい人そうだし…。」
早瀬はもじもじしながら言った。
輝也は自分の事をいい人と言ってもらって、思わず嬉しくなった。そんな自分を単純だなぁ…と、すぐに戒めた。
「…僕で良かったら聞きますよ。」
子供たちは体験授業を受けに教室に入っていった。
輝也と早瀬は教室のそばのラウンジのテーブルに座った。
早瀬は自販機があるのに気付くと、自分と輝也の分のコーヒーを買ってきた。
「ありがとうございます。」
輝也は暖かいコーヒーを受け取った。
校内は寒かったのでありがたかった。
早瀬はコーヒーを一口飲むと、窓の外を見てまた溜息をついた。
「実は…離婚する事になりまして…」
早瀬は切り出した。
「…そうでしたか。」
輝也は言った。そしてまた一口コーヒーを飲んだ。
「理由…言っても…いいですか?」
早瀬は上目遣いに言った。
―ここまで話しといて、何で躊躇してるんだろう…
輝也はそう思ったが口には出さなかった。
「原因は妻の浮気なんです…。」
「そうなんですか!?」
輝也は驚いた。
離婚と言えばたいてい夫の浮気という概念が輝也の中にあったからだ。
「正直、胸糞悪いですよ…。相手の男を殴り倒してやりたい。社会的に抹殺してやりたい…とまで思ったほどです…。」
―そりゃぁ、そうだろうな…。
「でもね、満里奈の受験も控えてるでしょ? 浮気した妻は憎いけど…子供を傷つけることは絶対にしたくない。満里奈は…僕にとっては宝物なんだ。」
早瀬の言葉に輝也は純の顔を思い浮かべた。
―うん。分かる。僕も同じ気持ちですよ、早瀬さん。
「だから僕は…我慢しようと決意したんです。」
「そうでしたか…。」
―強い人だな…早瀬さんは…。
輝也は感心した。




