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「…お客様?」
「…ハァ…ハァ…ハァ…」
―またかよ…
沙也加は冷めた目でボールペンをクルクル回した。
コールセンターで仕事を始めて早5年。
一緒に始めた同期はたくさんいたのに、もう自分と江原さんという50過ぎの女性しか残っていない。
「…あ…あの…わ…私…」
沙也加の隣で電話を受けている後輩が今にも泣きだしそうだ。
沙也加は手で合図して上司に相談しろと促した。
後輩は堪えていた涙をポロポロ流しながら沙也加に向かって何度も頷いた。
休憩時間、沙也加は持ち回り品を会社から支給されているビニールバッグに詰め込むと、解放されている外のテラスに向かった。
今日は天気も良く、少し冷たい風が心地よい。
沙也加は自販機でコーヒーを買い、一番奥のベンチに座った。バッグからタバコを取り出しおもむろに火をつけた。
「ハァ~、ったくやってらんねーわ…。」
沙也加は独り言を呟きながらタバコをふかした。
大学時代、調子に乗って短い期間タバコを吸っていた事があったが、輝也と出会ってからは、彼好みの女になる為禁煙した。
それからずっと吸っていなかったのに、この仕事をし始めて、ストレスからまた吸うようになってしまった。
「一本…もらえます?」
さっきの後輩が青白い顔でやって来た。
「小野寺ちゃん、タバコ吸ってたっけ?」
沙也加はタバコケースから一本取り出すと、後輩の小野寺ちゃんに差し出した。
小野寺ちゃんは沙也加より一回り年下で、最近研修を終え、沙也加の部署に入ってきた新人だった。
「…いえ…吸ったことないですけど…なんだか吸いたくなっちゃって…。」
小野寺ちゃんは言った。
すると沙也加は差し出した手をスッと引っ込め、タバコを元のケースにしまった。
「止めときな!」
沙也加はピシャっと言い放った。
「せんぱぁ~い!」
小野寺ちゃんはまた泣きだして、沙也加の膝にうずくまった。
沙也加はその背中を撫でてやった。
「私…この仕事、向いてないかもしれないです…。」
小野寺ちゃんはベソをかいて言った。
「そだね…。早く転職しな!」
沙也加はタバコの煙を吐きながら言った。
「ちょっと酷くないですか~? 少しくらい慰めてくれてもよくないですか?」
小野寺ちゃんは文句を言った。
「あんたみたいに感情移入の激しい子は向いてないと思うよ。それにね…」
沙也加が小野寺ちゃんに顔を近づけると、小野寺ちゃんも興味深々に目を真ん丸に開けた。
「…この仕事…モテから遠ざかるよ…」
「えぇ~!」
「だって見てよ、私のお腹! 私だってこの仕事に就く前は、あんたみたいに無駄な肉なんてついてなかったのよ! だけどさ、ストレスで食欲すごいし、止めてたタバコもまた吸いだしちゃったし、何よりね…」
「…何ですか?」
「世の中、冷めた目でしか見れなくなる…」
沙也加はそう言うと、またタバコを吸い始めた。
「考えてごらんよ、男といてさ、下腹の出てる女がタバコふかしてさ、おまけに男の話に「すご~い!」とか、「えっ、何々~? 教えて~」とか思えなくなって、「おまえ…ほんとはそんな事思ってねーだろ…」って、常に冷めた目で見るようになっちゃうのよ…。それって完全にモテから外れてるでしょ…。気持ちの切り替えが上手い子ならそうはならないのかもしれないけど、私は気付くとそうなってたね…。ま、私はこの仕事始める前に結婚してたから良かったけど…。」
沙也加の言葉に小野寺ちゃんは涙目になった。
沙也加は小野寺ちゃんを見て溜息をついた。
「続けんなら、右から左へ受け流すのよ。」
「右から左…ですか…。」
「そう…右から入って来たもの全て残らず左から吐き出すの。少しでも自分の体の中に残しちゃダメ!」
「…なかなか頭でわかってても…」
小野寺ちゃんは俯いた。
「ちょっと! また後輩イジメてんの?」
江原さんがやって来た。
「人聞き悪いな~! 私はアドバイスをしていただけですよ!」
沙也加は口を尖らせて言った。
「小野寺ちゃん、この人ね~、口は悪いけど頼りになるのよ~!」
江原さんはフフフと笑った。
「高橋さん、帰りに軽く一杯どう?」
「江原さんの誘いだと受けない訳にはいかないじゃないですか! ある意味パワハラですよ!」
「聞いた~? 小野寺ちゃん! ほんとこの人、口が悪いでしょ~?」
江原さんは笑いながら言った。
小野寺ちゃんは何と返答していいか困りながら作り笑いをした。




