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「バー・きさらぎカクテル」
「あの時の事、覚えてる? 修学旅行でさ、自由行動の時間が過ぎてもモッコがなかなか戻ってこなくて…」
朋美が言った。
「そうそう! 先生たち大慌てで手分けして探したのよね! 私たちもずっと一緒にいたのにいきなりはぐれちゃって、ビックリしたよね!」
絵梨が言った。
「海外だからさ、誘拐にでもあったんじゃないかって、先生たち顔面蒼白になってさ…。結局、モッコったら迷子になるのが怖くて先にホテルに戻って、ホテルのカフェで一人優雅にアフタヌーンティーしてたのよね! もう、笑っちゃう!」
朋美がこらえきれずに噴出した。
「そうそう! 担任の中島先生ったら、モッコを見るなり「おまえは中世の貴族かっ!」って、怒り狂ったよね!」
絵梨もお腹を抱えて笑った。
「モッコったら、キョトンとして、「だって…外は怖いんだもん…」って…。ほんとお嬢様なんだから…」
朋美は人差し指で涙を拭った。
「モッコは変わらないよね~。モッコ見てると安心す……… ! ……ねぇ、朋美…」
絵梨が小さな声で囁いた。
「さっきからずっと…カウンターの朋美の知り合いの人…こっちをチラチラ見てるの…同席したいのかな?」
絵梨に言われて朋美はカウンターの方を振り返った。
するといきなり横田と目が合った。
横田はバツが悪そうに目をそらして頭を掻いた。
「美人が二人で楽しそうにしてるから、そりゃあ一緒に飲みたいでしょうね!」
朋美は少し酔いが回ってきた。
「どうする? 声かけてみる?」
絵梨が囁いた。
朋美はしばらく考え込んで、そしてまた横田の方へ振り向いた。
同じタイミングで横田も振り向いて目が合った。
朋美はニマ~っと笑って手招きした。
横田の顔はパ~っと明るくなった。
そして彼はいそいそと飲みかけのグラスとコースターを持って朋美たちの方へやって来た。
「えっと…どこに座ったらいいかな…。」
―朋美さんの横に座りたいけど…さすがにマズいかな…
横田は躊躇した。絵梨が席を立って、朋美の横に移動した。
「ここ、どうぞ!」
絵梨はさっきまで座っていた席を横田に進めた。
「どうも…。」
―ま、しょうがないか…。
横田は二人の前に座った。
「へぇ…二人は小学校の頃から同じ学校に通ってたんだ。それって、もはや家族だよね!」
横田が言った。
「そうよ! 私たち…地元じゃちょっとした存在だったのよ! この人が信じらんないくらい綺麗だから!」
朋美は絵梨を指さした。
「何言ってんのよ! ごめんなさいね、横田さん。朋美、ちょっと酔っぱらってるみたい…。」
「僕は全然…逆にいつもクールな朋美さんのこんな一面を見られて嬉しいくらいです。」
「あら…。」
横田と絵梨はお互い笑みが漏れた。
―もしかして横田さん…朋美に気があるのかしら…
絵梨は横田と朋美をチラチラ見ながらそんな考えを巡らせた。
「何、二人で見つめあってんの? 横田さん! もしかして絵梨に気があるの? 言っとくけどこの人はものすごぉ~く、モテるんだからねっ! ライバル多いわよ~!」
朋美は横田に睨みを聞かせた。
横田は苦笑いした。
その時、朋美のスマホが鳴った。
着信画面に和也の名前が出ていた。
「はい。どうしたの? …えっ? 今、友達と「きさらぎカクテル」に来てるの。あ~…はい。」
朋美は通話を切ると首を傾げた。
― 一体どういう風の吹きまわしかしら…
「どうしたの?」
絵梨が聞いた。
「夫が迎えに来るって…今から電車に乗って帰って来るらしいの。…今日はてっきり実家に泊まるのかと思ってた…」
「優しいご主人ね! ラブラブじゃない! 朋美が幸せで良かった。」
絵梨はしみじみと言った。
そんな絵梨を朋美は眉間に皺を寄せて睨んだ。
「あんた! まだ気にしてんじゃないの? もういい加減に忘れなさいよ! 私の方が気を遣うじゃない!」
朋美は突っかかった。
「…なんかお二人…修羅場があったみたいですね…」
横田が言った。
「あった、あった! ありまくりよ! 絵梨、いいわよね、話して! この人全く関係ない人だから!」
「…え…えぇ…」
絵梨は苦笑いした。
「私がずぅ~っと好きだった幼馴染のお兄ちゃん、なんと私の親友のこの人の事を好きになったの!」
朋美は酔った勢いで横田に言った。
「…そ…それは…辛かったね…。」
横田は苦笑いした。
「でもねっ! あの状況の絵梨はほっとけなかったの! それにこの人、見て! 女から見ても魅力あるな~って思うくらいだから、男から見たら一目惚れしないわけないでしょ?」
朋美は横田に詰め寄った横田は返答に困って絵梨を見た。
絵梨は申し訳なさそうに小さく首を振った。
「あの時は辛かった~。ほんと、辛くて辛くて…。でもね…本当は私、慶介君にフラれたことよりも、大好きだった二人に会えなくなった事の方が辛かったの。ずっと二人と前みたいに戻りたいなって思ってたんだけど…自分から動く勇気が無くて…。だから今はほんとに絵梨にも慶介君にも罪悪感を持って欲しくないの。」
「…朋美。」
絵梨は少し涙ぐんでいた。
「…魅力的な人だね。」
横田が呟いた。
「…横田さんまで絵梨が好きなの? ったく…私の知っている男はどいつもこいつも絵梨の虜になるのよね…。絵梨もさ、いい人いたら結婚したら? 絵梨の奪い合いであちこちケンカが起きそうよ!」
朋美が言った。
「僕は朋美さんの事を言ってるんだけどね…」
「…え?」
朋美は目を丸くして横田を見た。
絵梨は二人を見ながらニヤニヤしてお酒を飲んだ。
その時、店のドアが開いて、和也が入ってきた。
和也は店内を見回して朋美を見つけると、奥のテーブル席までやって来た。
そして朋美の前に見知らぬ男が座っているのに気付き、あからさまに嫌な顔をした。




