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「家を出て行く? 有り得る訳無いですね…。専業主婦の妻が、家を出てどうやって暮らしていくんですか? 手に職も無いし…、或いは他に養ってくれるような男が言い寄って来るなんて…フッ…有り得ないし。」
今日の浩太はいつになく意地悪だった。
普段なら有り得ないような罵詈雑言が口を衝いて出てくる。
モッコは夫の言葉に傷ついた。怒りで肩が小さく震えた。
「ちょっと…」
あまりの物言いにカチンときた輝也が言い返してやろうと思った。そこへ沙也加が割り込んだ。
「あんた! 自分の事棚に上げてモッコの悪口言い過ぎ! 自分こそモッコが面倒見てくれなきゃ一緒にいてくれる人なんていないわよっ!」
沙也加はフーフー息を上げて怒り狂った。
モッコは一緒に怒ってくれる沙也加に対してうれし涙を流した。
そして今まで思っていたことを吐き出した。
「どうせ私は自分じゃ何も出来ないし、誰かに好かれるような魅力も無いわよ! だけどそれのどこが悪いの? ずっと一生懸命家庭を守ってきたわ! それだけじゃダメなの?」
モッコは泣き崩れた。
少し残っている酔いで感情にブレーキがかからなくなっていた。
―モッコさんは…魅力的だよ…
輝也はモッコを抱きしめたくなった。
―どうして僕は何も出来ないのだろう。何もしちゃいけない立場なんだろう…。
輝也は自分の立ち位置を歯がゆく思った。
「こんな夜中に大声だして…近所迷惑だろ! あなたたちも帰って下さい! これはうちの問題だ。」
浩太は冷たく言った。
「はぁ? 私らはあんたの妻を送って来てやったのよ!」
沙也加は浩太に食いかかった。
「どうもありがとうございました。」
浩太は無表情で深々と頭を下げた。
そして泣き崩れるモッコを残したまま、一人で家の中へ入っていった。
「あんな人だったなんてね…。モッコ、大丈夫なの?」
沙也加がモッコの肩に手をやった。
「うん。ごめんね。せっかく楽しい同窓会だったのに…。」
モッコは涙を拭いながら言った。
「いいのよ…。それより、大丈夫なの? あの旦那と一緒で…」
「普段はあんなじゃないのよ。何か嫌な事でもあったのかもしれない。ほとぼり冷めるまでそっとしとくわ。今日はありがとう! また会いましょう! 輝也さんも送ってくれてありがとうございました!」
モッコは涙で化粧がグシャグシャになった顔で笑った。
「あんた…いつにもましてブサイクよ…。」
相変わらず沙也加はオブラートに包むという事を知らないな…とモッコは思った。
でも、何でも思ったことをそのまま言ってしまう嘘の無いこの友人の存在は、今日とても心強く感じた。
涙でグチャグチャになって微笑むモッコを見て、輝也の胸はキュンと音をたてて脈打っていた。
今にも気持ちが溢れてきそうで息をするのが苦しくなってきた。
「輝也さん…顔色悪いわ! 大丈夫?」
モッコが心配して言った。
「あら…ほんと…。あんた、悪い物でも食べたんじゃないの?」
沙也加は輝也を睨んで言った。
「じゃあ、モッコ、またね!」
「うん、また。」
沙也加と輝也は車に乗り込んだ。
輝也は切ない表情でモッコに手を振った。
モッコはそんな輝也の気持ちも知らず、さぞかし気分が悪いんだろうな、それなのに送らせてしまって悪かったな、と思った。




