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「じゃあ、今月末ってことで…よろしくお願いします。」
「わかりました。進捗状況はその都度ご連絡させていただきますね。では失礼致します。」
打合せが終わって朋美は会議室から出て行った。
このビルには朋美が仕事を請け負っている会社の他にも何社か入っていた。
一階から三階まで吹き抜けになっていて、長いエスカレーターが正面玄関の前に伸びている。
エスカレーターを降りていると、向かい側から見たことのある顔が昇ってきた。
―あれ? あの人…
「あっ! こんにちは!」
相手が先に朋美に声を掛けた。
カフェの見習い店員の横田だった。
「こんにちは。」
朋美は笑顔で挨拶した。
「奇遇ですね! お仕事ですか?」
横田はすれ違ってしまうエスカレーターを逆向きに降りながら朋美に話しかけた。
「はい。打合せで来ていたんです。」
「そっか~! で…これからは?」
「仕事は終わったので…帰ります。」
横田は少し考え込むと
「じゃあ、お疲れさんってことで、僕とお茶しませんか? もちろん僕の奢りで!」
と、満面の笑みで言った。
―研修中の人にお金を出させるのは申し訳ないよね…。
朋美はそう思ったが、その考えは失礼だと自分を戒めた。
「割り勘だったら喜んで!」
朋美がそう言うと、横田はプッと噴出した。
「じゃあ、きっちり一円単位まで割り勘でお茶しましょう!」
朋美と横田は近くのホテルのカフェテリアにやって来た。
入口を入って階段を降りると奥の壁一面はガラス張りで、窓の外の滝からは大量の水が流れ落ちていた。
二人は窓際の席へ座った。
―素敵なお店だけど…ここって高いよね…
朋美は思わず横田の懐具合を心配してしまった。
「あの…まだお名前窺ってなかったですよね…」
「そうでしたよね…。青山朋美と申します。」
そこへウェイトレスがやって来た。
「じゃ、朋美さん、何にしますか?」
「えっと…私はアイスティー。」
「僕はアイスラテ。朋美さん、ケーキ食べます? ここの美味しいですよ! 僕はニューヨークチーズケーキね!」
横田が目をキラキラさせて朋美にケーキを勧めた。
「じゃ…じゃあ、私も同じものを。」
朋美はたじろいで言った。
「じゃ、二つね!」
横田はニカっと笑ってウェイトレスに言った。
「…ニューヨークチーズケーキって…かなりの甘党なんですね。」
朋美はクスっと笑った。
「バレちゃいました?」
横田は頭を掻いた。
「えっと…自己紹介がまだでしたね。僕は…」
「横田さん!」
朋美はニヤリと笑って言った。
「えっ! 何で知ってるんですか? 朋美さん、エスパーですか?」
横田は驚いた。
「見ちゃったんですよ、カフェで。」
朋美は自分の胸の辺りを指すようにネームプレートを暗示させた。
「あぁ…そういう訳か! でも…嬉しいなぁ。それってかなり僕の事を意識してくれてたって事でしょ?」
横田はさらに目をキラキラさせた。
―そうでは無くて…和也があなたの事をいい歳してバイトか…と言っていたから頭に焼き付いていただけなのだけど…
朋美は心の中で思ったが口には出せなかった。
「あ! 時計、お揃いですね!」
横田が朋美の腕時計を指さすと、シャツを上げて自分の腕を見せてきた。横田の腕には朋美と同じタイプのカルチェの男物が付けられてあった。
「ほんとだ! これ以前、私の誕生日に主人からプレゼントしてもらった物なの。」
「えっ! マジで? 同じだ! 僕もコレ、妻からもらったんですよ!」
―奥さんいるのね…。
朋美は何故かホッとした。
定職に付けずにカフェでバイトをしている横田にちゃんと妻がいるという事に安心したのだった。
自分と同世代でリストラされて…されたかどうかは知らないが、その上、誰も支えてくれる人がいなかったとしたら辛すぎる…と朋美は秘かに横田の身を案じていたのだった。
「…すみません…妻…では無く、元妻でした…。別れたんです…愛想尽かされちゃって…アハハ」
横田は頭を掻きながら気まずそうに言った。
―やっぱり…リストラされて愛想尽かされちゃったのかしら…?
朋美も気まずく感じた。
「横田旬です。」
横田は遅ればせながら自己紹介をした。そしてニコニコしながら朋美に愛嬌を振りまいた。
朋美は初対面に近い相手からこんなに距離感を詰められた事は今まで無かったので少し戸惑っていた。
―もともと人懐っこい人なのかしら?
ウェイトレスがケーキとドリンクを運んできてテーブルに置いた。




