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「いい御主人じゃない! 10年目の結婚記念日にダイヤの指輪とバラの花束なんて! なかなかそんな事してくれる人いないわよ!」
朋美はキッチンのカウンターに置いてあるコーヒーマシンをセットしながら言った。
「それはそうなんだけどさぁ…。」
モッコは何か煮え切らないようだ。
朋美がボタンを押すとしばらくしてコーヒーがカップに注がれ、いい香りが部屋中に漂った。
「ミルクは~?」
「たっぷりお願い。」
モッコがそう言うと、朋美は冷蔵庫から牛乳を取り出し、ミルクピッチャーに入れ、マシンについている泡だて器でかき混ぜた。
「それ、便利ね~! 自分で温めなくていいのね! 私も買おうかな。…高いの?」
眉間に皺を寄せて聞いてくるモッコに朋美はクスっと笑って、モッコの前にコーヒーを置いた。
「カップ&ソーサーはマイセンかぁ~。いい物使ってるわねぇ~。羨ましいわ! うちなんて子供たちが小さいでしょ? すぐに壊されちゃうと思うと、なかなか普段使いには出来ないわ…。」
モッコは口を尖らせて言った。
「あら! でもさぁ、モッコの動画に出てくる食器、良い物ばかりじゃない?」
「あれは撮影用よ~! でもね、蚤の市で買った掘り出し物も多いからそんなにしないのよ。それに、撮影しない時は安物ばっかり使ってるわよ!」
モッコは大きく口を開けてケタケタ笑いながら言った。
「嘘つきなのね?」
朋美は意地悪く笑って言った。
「視聴者さまの夢を壊さないようにしてるのよ!」
モッコはニヤリと笑った。
朋美がコーヒーを飲もうとカップを手にした時、
「あ、ごめん! もう一回運んでくるところからいい?」
とモッコが言った。
「これもvlogにするの? こんなの見たって面白いとは思えないけど…。」
朋美は呆れて言った。
「こういうのが良いのよ! みんな他人の素敵な生活って気になるもんなのよ!」
モッコはカメラを構えながら言った。
「そんなもんなの? 良く分からない世界だわ…。」
そう言いながらも朋美はモッコの指示通りもう一度コーヒーを運び直した。
開け放した窓からそよ風が注ぐ。朋美とモッコは長い事会っていなかったにもかかわらず、すぐに高校時代のような親密さを取り戻した。
「だいたい私の事、バカにしてると思うの。」
モッコは不満タラタラに言った。
「どうして? 御主人、そんな風には見えなかったわよ。」
朋美がモッコの夫に会ったのは、モッコの結婚式ときさらぎヶ丘の見学会の時の2度だけだが、それだけでも十分分かるくらい、モッコの夫は人の良さが顔に表れていた。
「あの人ね、何で私と結婚したか知ってる?」
「そんなの…モッコの事が好きになったからでしょ?」
「それもあるかもしれないけど…一番の理由はね、私が美人じゃないからなのよ!」
「え?」
「妻が美人じゃない方が、いろいろ心配しなくていいそうよ…。」
モッコはふてくされて言った。
「モッコは可愛いわよ。家庭的だし…。」
朋美はとっさにフォローした。
「そこなのよ! 美人じゃないから他に言い寄って来る男もいないし、離婚したら一人でなんか生きて行けるわけないから夫に尽くすだろうしって事なのよ!」
モッコは夫の同僚が家に来たとき、酔っぱらってそう話しているのを聞いたのだそうだ。
「勘違いじゃないの? 日本人って、自分の奥さんの事を人に良く言わないじゃない。同僚の手前だったからよ。だって、記念日に指輪と花束まで買ってきてくれるんでしょ?」
「…今となってはそれもカモフラージュのような気がしてきた…。」
モッコは腕組みしてしかめっ面をした。
「それは勘ぐり過ぎじゃないの?」
「でもさ…あの人…最近何かおかしいのよね…。ぼーっとしてる事が多いし、ケータイばかり見てるの。」
モッコは朋美の出したケーキをバクバク食べた。ストレスが溜まっているせいなのか、一緒にだされたクッキーもばくばく食べた。
「もしかして…浮気でもしてたりして…。」
朋美が言った。
モッコのクッキーを食べる手が止まった。
モッコは顔を上げて朋美の目をジッと見つめた。




