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ときめきざかりの妻たちへ  作者: まんまるムーン
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「着いたわよ。」


「…あ…あぁ…速かったな…。」


 妻の朋美から声を掛けられて和也は目を覚ました。車はすでに成田空港の駐車場に停車していた。


 和也はまだ眠い目を擦って、シートを元の位置に戻し、シートベルトを外した。トランクからスーツケースを取り出しターミナルへ向かった。



「お土産、何がいい?」

和也は思い出したように朋美に聞いた。


「…そうねぇ…」

朋美は顎に人差し指を当て、考え込んだ。


 和也はその光景を満足そうに眺めた。


 妻である朋美は、今でも若い頃のスタイルをキープしている。友人の妻たちの中には結婚後一気に太ったり、身なりに構わなくなったりして、女性として見れなくなったとぼやくヤツもいる。


 しかし朋美は全くそういう事は無い。早朝に家を出たというのに、朋美の姿は完璧だった。簡単だけど化粧はちゃんとしているし、鎖骨辺りまで伸びているワンレンボブの髪は艶やかだ。


 白のパンツに水色のニット、服装はシンプルだけど、手入れの行き届いた上質の物を着ている。肩から下げているのは去年、彼女の誕生日にプレゼントしたセリーヌのバッグだ。



「何、笑ってんの?」

朋美が訝し気な顔で和也に聞いた。


「…いや…何でも…」

和也は首の後ろを掻きながら適当に言葉を濁した。


―結婚して5年も経つのに、自分の妻に惚れ惚れしているなんて言ったら気味悪がられるに決まってる…。



 和也は朋美と結婚して良かったとつくづく思った。家柄も学歴も職歴も申し分無い。社会人としての常識もわきまえているし、その場に相応しい対応が出来る。家族や友人、仕事関係の人間に会わせても何も心配が無い。自慢の妻だ。


「何か無い? 思いついたら後ででも連絡してよ。」

和也がそう言うと、


「ありがとう。」

朋美は微笑んで言った。


 和也は腕時計をチラと見た。まだ少し時間に余裕があった。


「お茶でも…する?」


「余裕を持って早めに入った方がいいんじゃない?」


「…それもそうだな…。」


 以前和也はギリギリに保安検査場へ行って、危うく飛行機に乗り遅れそうになった事があった。和也は朋美に軽くハグをした。


「留守を頼む!」

そう言って手を振って保安検査場に入っていった。朋美は和也の姿が見えなくなるまで見送った。



―さてと…帰りますか…。


 朋美は駐車場へと戻っていった。


 朋美が去って行くのをじっと見ている視線があった。朋美は誰かから見られているなど夢にも思っていなかった。


 その人物は朋美の姿が見えなくなると、バッグからパスポートとチケットを取り出して保安検査場へ入っていった。






 和也は保安検査場を抜けると真っすぐにラウンジへ向かった。コーヒーを持って窓際の席に座り、時間つぶしに読みかけの小説を読もうとカバンからタブレットを取り出した。


 その時、ふと声を掛けられた。


「横…いいですか?」


 見上げると、芸能人ばりの美女が立っていた。


 その美女は透き通るような色白で、吸い込まれそうな大きな瞳、艶やかな髪は緩くウェーブがかかっていた。


 格好はシンプルだけど、スタイルが良いから逆にこなれて見える。


―女優さんかな…?

和也はポカンとして美女を見つめた。


「あ…あの…」

美女が困って再度声を掛けた。


「あ! どうぞ!」

和也は慌てて床に置いてあったカバンを反対側に移した。


―うちの朋美もかなりの美人だと思っていたけど…上には上がいるもんだな…。


 和也は隣の美女が気になって仕方がなかった。


 小説を読もうとタブレットを見たものの、話の内容が全く頭に入ってこない。


 横目でチラと美女を見てみた。なんと美女の方も自分を見つめていた。


 和也の心臓は大きな音を立てた。


―何で俺を見つめているんだ…? もしかして知り合いだったか? いや、こんな美人、今まで会ったこと無いぞ…。


「…朋美の…ご主人…ですよね?」


―えっ?


 美女からそう言われて和也は驚いた。


「私、朋美の幼馴染なんです。」

美女はそう言った。


 その美女は、朋美の幼馴染であり、地元の学生時代の仲良しグループの一員だった白川絵梨だった。


「あぁ…そうでしたか!」

和也は緊張して頭を掻いた。


―こんな美人、朋美の友達にいたっけ? 結婚式には来てなかったよな…。


 知り合いの中では自分の妻が一番美しいと思っていただけに、さらにその上を行く絵梨に和也は驚きを隠せなかった。


「朋美…元気ですか?」

絵梨は聞いた。


「あ…はい…元気ですよ。今朝も成田まで送ってきてくれたんです。」


「実はさっき、保安検査場にお二人でいらっしゃるのをお見かけしたんです。」


 絵梨は左手で髪を耳にかけた。耳たぶに付けてあるダイヤのピアスが上品な光を放った。和也は絵梨のそんな仕草にポーっと顔を赤らめた。


「そうだったんですか! 声を掛けて下さったら良かったのに…。」


「…お邪魔しちゃ悪いと思って…。」

絵梨の表情は少し影があった。そんな表情でも美しい人は美しいんだなと和也は思った。


“今度、是非うちに遊びに来て下さい!”

和也がそう言おうとしたその時、


「…私、そろそろ行かなくちゃ。」

絵梨はカバンを持って立ち上がった。


「お邪魔しちゃってすみません。素敵なフライトを!」

絵梨はニコっと笑ってそう言うと、その場を去って行った。


「あ、ちょっと…。」

和也は声を掛けようとしたが、絵梨は急いでいたようであっという間にラウンジを出て行ってしまった。



―せめて名前くらい聞いておけば良かった。それにしても…会ったことは無い筈なんだけど…どこかで見かけたような…。



 和也は学生時代も社会人になってからも女に事欠かなかった。


 自分から行かなくても向こうから寄ってきた。


 数々の女性と付き合って、その数と比例してトラブルも多かった。


 結婚に際して、こういったトラブルは避けたいと思った。自分の将来にも関わってくる。結婚するなら面倒の無い相手でないと困る。


 そうして理想の結婚相手像が出来上がった。



・どこに出しても恥ずかしくない


・自立していて相手にも干渉しない


・自分と同じようなバックグラウンドを持っている



 妻にするならそんな相手だと思っていた。


 朋美はそれに完璧に合致した。


 恋多き和也だったが、朋美と付き合ってからは他の女に心が揺れることなど無かった。



 “朋美こそ完璧な妻だ… ”


 全ての面に渡って朋美以上の女性などいなかったからだ。


 知り合いの奥さんを見るたび、自分の妻が誇らしくなって、つい相手の妻を下に見てしまうような悪いクセがついた。


 自分の素晴らしい実家の家族、申し分ない学歴、仕事、それに加えて完璧な妻。


 自分はついに完全武装出来たと思った。


 そうして安定した生活が続いていた。


 なのに、さっき朋美の友達に会ったとたん、胃の奥から心臓にかけて突き上げてくるような動悸を感じた。今まで女性に会ってこんな事が起きたことなど無かった。


―まあ、一時的な物だろう。面倒だけはごめんだ。さっさと忘れよう…。


 

 飛行機は離陸した。窓の外にはどんどん小さくなっていく街並みが広がっていた。


 和也は頬杖をついてそれをボーっと眺めていた。


 目を瞑るとさっき出会った朋美の友人の顔が浮かんできて、それが焼き付いて離れなかった。


 和也はそれを脳裏から追い払うかの如く頭を振った。


―どうかしてるぞ、全く…。


 飛行機はあっという間に日本上空から離れて行った。



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― 新着の感想 ―
[一言] こちらも… 色々と起きそうで… 先を読むのが楽しみです(*^。^*)
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