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癇癪玉

「なんなんだよ。てめぇ~」

 蒼乃を囲んでいた男たちが業を煮やして、少女を取り囲んだ。

 滅茶苦茶に顔をくちゃくちゃにして、男たちは威圧を与えるようにその少女にこれでもかと顔を近づける。しかし、少女はまったく動じる気配さえない。

「スカしてんじゃねぇよ」

 金髪の男が少女に更に顔を近づける。少女はやはり落ち着き払っている。

「ナメてんのか」

 金髪男は、そんな少女の態度に更にキレ、耳元で大声を上げた。

「めんどくさいわねぇ」

 少女は、首を少し傾げるように動かすと、だるそうにそう呟いた。と、思うといきなり、腰の辺りからその小さな体に似合わない、あの黒光りした大きな自動拳銃を抜き出した。そして、男たちが驚き、何が起こったのか理解できる間も無く、そのまま有無を言わさず、少女はそれを、蒼乃の横に立っていたスキンヘッドのリーダー格の男に向かってぶっ放した。

 バンッ

 という大きな発射音と共に、弾丸はスキンヘッド男の股下スレスレを通って、後ろの壁ぎわに置いてあったゴミバケツにあたり、中のゴミを吹っ飛ばし、跳ね上げた。

「お、おおっ」

 少女を取り囲んでいた不良たちは、花が開くみたいに一斉に少女を中心にして、腰が抜けたようにその場にへたり込んだ。そして、目を剥き出し、少女の持つ弾丸を発射したばかりの煙の上がる自動拳銃を見つめた。

「・・・」

 蒼乃の前に立つスキンヘッドの男は、少女を見つめたまま茫然と立ち尽くし、固まった。その横に立つ蒼乃もスキンヘッドの男と同じようにその場に固まったまま少女を見つめていた。

 時間が止まったみたいに、全員が身動き一つできず、少女を見つめていた。

 すると、スキンヘッド男の股下に小さなシミが出来始め、それがみるみる大きく広がっていき、ズボン全体に広がっていった。

「文句ある?」

 少女が顎を少し上げ、男たちを見下ろすように言った。

「あ、ありません」

 不良たちは、それをきっかけにして我先にと、抜かした腰を引きずるようにして、慌ててその場から逃げ出した。スキンヘッドの男も、その巨体を目いっぱい揺らして、リーダーを置いて我先に逃げていく手下たちの後を必死に追いかけた。

 その時、ビルの裏戸が開いた。

「誰だ。こんなとこで癇癪玉鳴らしたのは」

 コック姿の太ったおっさんがそこから顔を出し怒鳴った。

 太ったコックは、不良たちが走り去る背中を見つけ、「ふんっ」と鼻を鳴らし、再びドアを閉めてその中に消えた。不良たちが癇癪玉を鳴らして逃げ去ったと思ったらしい。

「・・・」

 薄暗い路地裏には少女と、蒼乃だけが残された。

「・・・」

 蒼乃が黙って立ち尽くしていると、少女は蒼乃の前に静かに歩み寄って、蒼乃の目の前に立った。その顔はやはり無表情だった。

「・・・」

 蒼乃は、どうしていいのかも分からず、ただ目の前に立つ、その少女を見つめた。

「あ、ありがとう」

 何かを言わなければと焦り、でも何を言っていいのか分からないまま、頭の混乱した喜代乃の口から、そんな言葉が漏れた。しかし、その言葉が今の状況にどこかそぐわない、頓珍漢なものであることを、言った本人が一番感じた。

「・・・」

 少女は無表情のまま、その小さな丸いサングラスのレンズ越しに蒼乃を見続けていた。

「・・・」

 少女は右手に持ってた銃を仕舞おうとしない。

「・・・」

 蒼乃はだんだんその少女の醸す、不穏な空気を感じ取っていった。


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