キャンプファイヤー
意外と屋上で火を焚いても問題はなかった。ちひろの住むマンションよりも高い建物は、近くになく、あってもそれは商業ビルで夜には窓の明かりは消えていた。
「肉」
突然、炎を見つめていたちひろが言った。
「ん?肉?」
蒼乃がちひろを見る。
「うん、肉」
ちひろはいつも唐突で口数が少ない。だから、その真意がよく分からない。
「キャンプファイヤーは肉を焼くんだよ」
またちひろはドヤ顔で言う。
「そっか、なるほど」
「だから、肉」
「分かった。じゃあ、買ってくるよ」
「お肉、デッカイの」
買いに行こうとする蒼乃の背中にちひろが言った。
「分かった」
蒼乃振り返り、そう言って下に下りて行った。
「重い」
蒼乃は、ちひろのリクエスト通りに、漫画にでも出てきそうな巨大な肉の塊を買って戻って来た。
「買って来たよ」
蒼乃が、肉の塊をちひろに見せる。それは一つが小玉スイカほどもありそうな大きさだった。それが二つある。
「えっ、そのまま」
「うん」
蒼乃の買って来たそのデカい肉の塊を、ちひろはそのままそこに木の棒を刺しただけで焼こうとする。
「肉でか過ぎない・・汗」
いくら何でもあまりにデカい。刺した木の棒がものすごくたわんでいる。
「大丈夫だよ」
ちひろは、そのまま肉の塊を火にかざした。肉の焼けるいい香りがそれと共に広がった。
「・・・」
絶対に無茶だと思ったが、蒼乃は仕方なくちひろに従った。一度言い出すとちひろは、何を言っても聞かない。蒼乃はそれを知っていた。
「やっぱ大き過ぎるよ」
蒼乃は、焼きながらあまりに肉がデカ過ぎて笑ってしまった。焼けども焼けども中まで火が通らない。
「いいの」
しかし、ちひろはむきになってまだ焼こうとする。
「もうちょっと切ろうよ」
「いい」
ちひろは、頑なに巨大な肉の塊を焼き続ける。
「しょうがないな」
蒼乃は仕方なくそれにつき合うことにした。ちひろは一回このモードになると、もうどうしようもなかった。
「ちひろキャンプしたことあるの」
蒼乃が肉を焼きながら訊いた。
「うん、お兄ちゃんと一回だけしたことある」
「そうなんだ」
多分、それはちひろにとって、とても楽しい思い出なのだろうと蒼乃は思った。
「いい匂いだな」
その時、突然上の方から男の人の声がした。
「えっ」
二人は驚く。
「俺も入れてくれよ」
二人が声のした上の方を見ると、給水塔の立つ一段高くなった場所に一人の青年が立っていた。
「あなたは誰?」
蒼乃が驚きながら訊いた。
「俺はここに住んでるホームレスさ」
青年は笑顔で言った。
「そこに住んでるの?」
「そうさ」
青年はドヤ顔で言った。
「ホームレスの人がここで何をしているの」
「ここで毎日キャンプさ」
青年がそう笑顔で言うと、蒼乃は笑った。ちひろまでが笑顔になっている。そこで一気に三人は打ち解けた。その青年は何か人を笑わせるそんなキャラクターだった。
青年は、給水塔のあるところから下りて来て二人のところにやって来た。そして、二人の間に座り。キャンプファイヤーに加わった。
「僕にもその極厚のお肉を少し分けてくれるとうれしんだけどな」
青年が蒼乃が炙っている肉の塊を見て言った。
「ええ、いいわ」
蒼乃は、すぐに自分の肉を半分に切った。
「こりゃ食べ応えがありそうだ」
青年は肉の厚みを見て言った。半分に切ってもまだ相当に大きかった。青年も二人に混じって焚火を囲み、棒に刺した肉を焼き始めた。
「なんかこういうの楽しいな」
「うん」
青年が言うとちひろがうれしそうにうなずいた。
「私が言い出したんだよ」
ちひろが幼い子どものようにドヤ顔で言った。
「へぇ~、そうなのか」
それを、お父さんでもあるように大らかに青年は返事をする。青年は二人よりも少し年上みたいだった。
「ここでずっと暮らしているの?」
蒼乃が青年に訊いた。
「ああそうさ」
青年は胸を張って言う。
「なぜ?」
「ここが暮らしやすいからさ」
「ここが?」
「ああ」
「・・・」
二人は給水塔のある場所を見上げる。しかし、そこには何もない。
「でも、ここって鍵がかかっていたけど・・」
蒼乃が青年を見る。
「南京錠なんて僕にとって鍵じゃないよ」
青年は自慢げに言った。
「あなたは泥棒なの?」
蒼乃が訊く。
「そう、僕は泥棒さ。君はなかなか鋭いね」
青年は蒼乃を、くいくいと手を動かしながら指を差し、おどけたように笑顔を作る。
「そうなんだ」
しかし、それを聞いても蒼乃は不思議と怖いとは思わなかった。ちひろは、もちろんまったく動じていない。
「でも、僕の入った家の連中は泥棒に入られたことにはまったく気づかないんだ」
「なんで?」
「気づかないように盗むからさ。お金を少しとか、飲みかけのお酒を少しとか、冷蔵庫や倉庫の端にあるもう忘れられた古くなった食べ物を少しとかね」
「気づかれたらどうするの」
「もし気づかれたら、自首するよ。人を傷つけることはしたくないからね」
「自首したことはあるの?」
「ないよ」
青年は胸を張って言った。
「ところで塩はないのかい」
青年が蒼乃を見た。
「あ、はい」
蒼乃は、隣りに置いていたバックの中から岩塩の入った瓶を取り出し渡す。
「おお、これはうまい。これは最高の肉だ」
青年は肉の焼けたところから、その岩塩をかけかぶりついていく。蒼乃は奮発して少々高いお肉を買っていた。
おいしそうに食べる青年を見て、蒼乃もそれに倣い、岩塩をかけて肉にかぶりついた。
「おいしい」
それは堪らなくおいしかった。調理法も味つけもシンプルだが、それが逆に肉の本来のおいしさを際立たせていた。
「ちひろもお肉小さくしたら。食べやすいよ」
「いい」
ちひろはなおもむきになってそのまま焼き続ける。だが、その時だった。
ボキッ、ボスッ
ちひろの肉に刺していた棒が折れて、肉の塊がそのまま一斗缶の中に落ちた。
「あ~あ、だから言ったのに」
「ううううっ」
ちひろは一斗缶の奥を覗き見ながら唸る。
「あはははっ」
青年はそれを見て笑っていた。
「肉には、やっぱ、あれだな」
その時、青年は何かを思いついたのか、突然立ち上がった。二人が青年を見る。青年は、また給水塔のある場所に上がって行った。そして、何かを持って戻って来た。
「じゃあ、俺からも」
それは赤ワインだった。
「これは結構いい奴なんだ」
「あたしお酒飲んだことない」
蒼乃が言った。
「あたしはあるよ」
ちひろが胸を張って言った。
「ほんと?」
蒼乃はちひろを見る
「ほんとだよ」
ちひろはむきになって言う。
「じゃあ、今日は君の初お酒の記念日だ」
青年が言った。
「うん」
ちひろと蒼乃は同時にうなずいた。
「私グラスとって来る」
蒼乃は下に降りて行った。




