暖炉
「あっ、ほんとだ。傷がきれいに消えてる」
蒼乃が包帯を代えるため、ちひろの包帯を取り、傷口のガーゼを取りその傷口を見て驚く。あれから一か月、傷が本当にちょっと見ただけでは分からないほどに薄れている。この分なら本当に消えてしまいそうだった。
「あの医者はすごい人だったんだ」
蒼乃は驚きながら呟いた。
「ていうか」
蒼乃がリビング壁中央にデカデカと鎮座する立派な暖炉を見ながら口を開く。いつものようにソファに座っていたちひろがそんな蒼乃を見る。
「この暖炉って使えるの?」
蒼乃がちひろを見た。博斗が以前この部屋にしかないと指摘してから、蒼乃は、この暖炉の存在が気になっていた。
「知らない」
ちひろはそっけなく即答する。
「・・・」
蒼乃は、暖炉をじっと見つめる。
「使ったことないの」
「ない」
「・・・」
こんな立派な、しかも珍しい暖炉を使わないのはもったいない。というか火がたかれているところを見てみたい。蒼乃はそんな衝動にかられた。
「使ってみようよ」
そして、蒼乃がちひろを見た。ちひろは「えっ?」という少し驚いた顔をする。そして、めんどくさそうな顔をする。
「ねっ、絶対いいよ」
「う~ん」
「ねっねっ」
「う~ん」
気乗りしないちひろを無理やり説得し、蒼乃は暖炉に火を熾こそうとした。
「あっ」
しかし、薪がない。
「あ、そうだ」
だが、蒼乃は、すぐに何かを思い出した。丁度リンゴをネットで注文した時に、その入れ物が木箱だった。
「あれだ」
蒼乃は、木箱の置いてあるところまで行くと、中のリンゴを全部出し、木でできたその箱をトンカチで豪快に壊した。
「よし」
そして、薪にした木箱を暖炉にきれいに並べた。
「いくよ」
蒼乃が言う。
「うん」
ちひろがうなずいた。蒼乃は少しドキドキしながら、下に丸めた紙を入れ、そこに火をつけた。
「うわっ」
だが、火が大きくなり煙が上がり始めると、何か様子がおかしい。
「ゴホッ、ゴホッ」
湧き上がる煙が煙突から逆流して来て、すぐに煙が部屋中にもくもくと蔓延した。その煙に二人はもろに襲われる。
「ゴホッ、ゴホッ、煙突が詰まってるんだ」
蒼乃が、すぐに窓を開け、そこから顔を出し、涙をこすりながら息苦しそうに言った。その隣りからちひろも顔を出す。
「煙突の掃除をしなくちゃ」
ちひろの部屋は、天井が高いので高いところ用にと買った柄の長い長箒を蒼乃が持って来た。
「こんなことに役立つとは思わなかったわ」
そう言って、蒼乃は下から煙突にそれを突っ込んだ。それをちひろもすぐ隣りで見ていた。
ぶわっ
「うおっ」
だが、煙突に長箒を勢いよく突っ込んだ瞬間だった。
「わあああっ」
ものすごい量の真っ黒い煤が二人の上に降りかかって来た。そして、舞い上がった。
「うわああああっ」
「ゴホッ、ゴホッ」
ものすごい煤が、隣りにいただけのちひろも巻き込み、二人を真っ黒に覆う。
「ゴホッ、ゴホッ」
「ゴホッ、ゴホッ」
二人はむせる。
「なんだこれぇ」
蒼乃が叫ぶ。
「もう真っ黒だよぉ」
蒼乃は自分の服や腕を見て嘆くように言う。
「ううううっ」
ちひろも呻く。隣りにいただけのちひろは完全にもらい事故だったが、蒼乃と同じように真っ黒になっていた。
「ん?」
その時、ふと二人はお互い顔を見合った。
「あはははは」
「あはははは」
そして、笑った。二人は顔も煤で真っ黒になっていた。二人はお互いの真っ黒になった顔を見て笑い合った。
「あははは、ちひろ真っ黒」
「あははは、蒼乃真っ黒」
お互いの顔を指さし二人はお腹を抱え笑った。笑うと、歯だけが白く浮き立ちさらにおもしろかった、二人はさらに腹を抱えて笑った。
「ああ、おかしい」
笑い過ぎて涙目になった目をこすりながら蒼乃が言った。
「でも、笑っている場合じゃないわ」
再び、蒼乃は長箒を手に持った。そして、気合を入れる。
「すごい量」
その後、すでに真っ黒になっている二人は開き直ったように、煙突から落ちてくる煤で全身を真っ黒にして煙突を掃除した。
「ダメだこれ以上、この箒じゃ届かない」
煙突は高く、長箒だけではてっぺんまで届かなかった。蒼乃が下から煙突の中を覗くが、やはり、その先は見えない。まだ煤で詰まっているのだ。暖炉復活は思った以上に大変な仕事だった。
「どうしよう・・」
蒼乃は困った。
「あたしが行く」
その時、ちひろが言った。
「行く?」
蒼乃がちひろを見た。
ちひろは長箒を手にとると、暖炉内に入り、そして、それを煙突に突っ込むと、そのまま煙突を上り始めた。
「えっ、ちひろ?」
蒼乃は驚く。小柄なちひろは、煙突内を器用に上って行った。
「ちひろ~、大丈夫~?」
蒼乃が下から叫ぶ。
「う~ん」
すると、ちひろの答えが返って来る。
「わああっ」
その時、下から煙突内を覗き込んでいた蒼乃に、大量の煤が塊で落ちてきた。
「わああっ」
蒼乃は頭から足先まで本当に全身真っ黒けになった。
「うわあああ」
蒼乃が、煙突から体を出し、煤だらけになった全身を見て、唸るように声を出す。
「もう、なんだよぉ」
蒼乃は嘆く。
「ふぅ~」
そこにちひろが下りて来た。
「あっ、ちひろ」
「てっぺんまで届いたよ」
ちひろが言った。
「えっ、ほんと」
「うん」
「ちひろ、すごい」
蒼乃は、ちひろの手を取り、喜びの声を上げた。普段、ちひろはまったく生活力ないダメ人間だが、いざとなると、すごかった。
しかし、二人はさらにこれ以上ないくらい真っ黒になっていた。煙突内に入ったちひろはさらに酷かった。二人は真っ黒過ぎて、もう白いところは目だけになっていた。二人とも、真っ黒な中に白目だけがぎょろぎょろと動いていた。
「ぷっ」
そして、二人はさらに真っ黒になったお互いを見てまた吹き出す。
「あははははっ」
二人は笑った。
「ちひろ真っ黒」
「蒼乃も真っ黒」
二人は腹を抱えて思いっきり笑い合った。
「・・・」
蒼乃が下から煙突を覗き込む。その先に光が見える。多分、煙突の先だ。一応煤はとれ、貫通はしたようだ。
「やったぁ」
蒼乃が喜びの声を上げ叫ぶ。そして、ちひろと手を取り合い、ぴょんぴょんと跳ね回る。
「やったぁ、やったぁ」
思った以上に大仕事になってしまった。だが、大変だったからこそ、二人には、やり遂げた今の喜びが大きかった。
「これでいいんじゃない」
蒼乃が言った。
「うん」
ちひろが答える。何とか積もりに積もった煙突内の煤をかき出し、煙突の機能を取り戻すことが出来ると、蒼乃が暖炉内に再び薪を並べた。
「火を入れてみようか」
「うん」
蒼乃が言うと、子どものようにワクワクした目でちひろが、薪を見る。
「いくよ」
「うん」
そして、蒼乃が火を入れた。
「うわああ、やったあ」
今度はうまくいった。パチパチと燃える即席の薪が炎を上げ、そして、煙はちゃんと煙突の上の方に抜けていく。
「やったぁ」
二人は喜んだ。そして、二人はその暖炉の中の炎をうっとりと見つめた。
「火っていいよね」
「うん」
それは感動的に美しく、いくら見つめていても飽きることがなかった。二人は、魅せられたように、その炎を見つめ続けた。
だが、しばらくして、ふと、二人はお互いを見た。
「・・・」
そして、黙った。
「とりあえず、お風呂に入ろうか・・」
蒼乃が言った。
「うん・・」
風呂嫌いのちひろも、あまりに真っ黒過ぎてうなずかざる負えなかった。二人はお風呂場に向かった。




