博斗
「ああ、気にしなくていいよ。別に警察に通報したりはしないから」
青年は黙る二人に笑って言った。
「この町には色んな人がいるからね」
青年はにこりとした。二人はその言葉にホッとする。青年は、寛容で、こういった世界にも理解のある人らしい。
「僕も銃で撃たれた傷を見たことがあるんだ。そういう患者もこの町では珍しくないからね」
青年はさらりと言う。
「・・・」
その言葉に、あらためてすごい町に住んでいることを実感する蒼乃だった。最近は慣れてしまっていたが、よく考えれてみれば蒼乃は殺し屋と一緒に住んでいるのだった。それは世間一般の常識で考えればあり得ないことだった。
「よかったら座ってください」
蒼乃は青年にダイニングの椅子を勧めた。
「ああ、ありがとう」
「コーヒーでもいれ・・」
と、蒼乃が言おうと思ったその時だった。
ドンッ
突然ちひろが、テーブルの上に何かを置いた。
「んっ?」
全員がそれを見る。
それは、重厚な銀色のフルオート型の拳銃だった。ちひろは、いつもその小さな体に似合わず大きな拳銃を持っている。
「どうしたの?ちひろ」
蒼乃が驚いてちひろを見る。すると、ちひろはさっきまで大人しく傷を見せていた青年をチラリと斜め下から仰ぎ見るようにして見た。そこには、鋭い敵意と警戒の色があった。
「・・・」
そこで蒼乃はハッとする。知らない男の人を家に入れるなんて、それは特にこの町ではとても危険なことだった。それにこの家は女ばかりだったし、一番頼りになるちひろは今ケガ人だった。あまりに不用心過ぎる。しかも、ここはちひろの家。ちひろは殺し屋だった。そのことに愛美も気づき、その場に緊張した空気が流れる。
ちひろの目は、あの仕事をする時の目だった。その目がギラリと光る。
「・・・」
蒼乃はどうしていいのか、その場で固まる。ちひろの出方次第では、この場で殺しかねない空気だった・・。
「大丈夫だよ」
すると、そんな空気を笑うように青年が言った。
「えっ」
蒼乃と愛美が青年を見る。
「そんなに警戒しなくても大丈夫だよ」
そのいい方は余りに力が抜けていた。だから、その場の空気が一気にやわらかいものに変わった。
「僕はゲイなんだ」
青年が言った。
「えっ」
蒼乃と愛美が驚く。
「そうだったんですか」
蒼乃が言う。
「うん、僕は女性には興味がないんだ。もちろん、医者というのも本当の話だし、犯罪を犯すような人間でもないよ」
その清々しい表情と、澄んだ目が、この人は悪い人ではないと、はっきりと物語っていた。
「・・・」
この時、なんとなく感じていた不思議な感じの正体が、蒼乃は分かった気がした。すごく美男子だけど、どこか中性的で、他の男の人にはない不思議な感じがしていた。だから、普段男の人に恐怖を感じる蒼乃でも、声をかけられたのだった。ちひろもその青年の脱力した感じに、気を抜かれたのか、警戒を解いて、椅子に座った。
「自己紹介がまだだったね。僕は李博斗よろしく」
博斗も、その隣りのダイニングテーブルの椅子に座りながら言った。
「李?」
蒼乃が訊く。
「僕は在日朝鮮人なんだ」
「えっ、そうなんですか」
蒼乃と愛美はさらに驚く。まったく見た目では分からなかった。
「三世さ」
「へぇ~、そうだったんですか」
そう言われても、蒼乃にも愛美にも日本人にしか見えない。もちろん日本語だってペラペラだ。
「そういえばこの町には在日の人多いのよね」
愛美が言った。
「そう」
「・・・」
そういえば蒼乃も聞いたことがあった。あそこは在日朝鮮人の町だと。商店街でも、キムチや韓国料理の店がやたらと多い。
その時、博斗の目がちひろの置いた拳銃にいった。
「あっ、これは・・」
蒼乃が慌てて取り繕おうとする。
「そうおもちゃよ」
慌てて愛美も取り繕うように言った。
「これは本物だね」
しかし、博斗は、見透かしたように言った。
「えっ」
「僕は本物を見たことがあるんだ」
そして、そのオートマチックの拳銃を手に取ってしげしげと眺める。銃を見ても博斗は、まったく動じた様子はない。この人も何か相当な修羅場をくぐって来た人なのだろう。蒼乃は思った。
「あっ、コーヒー」
そこで蒼乃が思い出し、台所に行った。そして、しばらくして、全員分のコーヒーを入れて戻って来た。
「ありがとう」
蒼乃がコーヒーを出すと、博斗がそれを受け取り言った。
「うん、おいしい」
博斗がコーヒーを一口すすり言った。感の鋭いちひろも、博斗が害のない人間だと感じたのだろう、静かに蒼乃の入れたコーヒーをすすっている。
「私もレズビアンなの」
博斗の斜め向かいに座る愛美が言った。
「へぇ~、そうだったのか」
少し驚いたように博斗が愛美を見る。
「すごい確率だね。確か、バイセクシャルを入れても全体の五パーセントくらいしかいないはずだよね。僕たちみたいのは」
「そうね」
「僕たちみたいのは露骨に差別されるから、なかなかオープンにできないしね」
「そうね・・」
そこで一瞬愛美の表情が曇る。いつも明るい愛美も人知れず苦労して来たことがその表情で分かった。
「僕なんか 在日朝鮮人でもあるからさ、日本人からも差別されて、同じ在日朝鮮人からもゲイだって差別されて、ほんと大変だったよ」
蒼乃の淹れたコーヒーをすすりながら、博斗が言う。そんな深刻な話もさらりと博斗は言う。意外とあけっぴろげな人らしい。
「・・・」
見た目とは裏腹に意外と苦労人だったことに、蒼乃は好感を覚えた。この人となら男嫌いな蒼乃も仲よくなれそうな気がした。
「僕には本当に居場所がなかったんだ」
「そうだったんですか」
蒼乃が言う。
「でも、この町はいいよ。どんな人間でも受け入れてくれる。外国人でも、ヤクザでも犯罪者でも、僕みたいなゲイでも在日でもね」
「レズビアンもね」
愛美が言った。
「そうだね」
博斗が笑った。
「・・・」
殺し屋も家出女子高生もだった。蒼乃は心の中で思った。
「よかったら夕飯も食べていってください」
蒼乃が言った。
「えっ、ああ、いいの」
「はい」
「今日は何?」
ちひろが訊く。
「ハンバーグ」
「やった」
ちひろは無表情だが、子どもみたいに喜ぶ。以前は完全なぶっきらぼうだったが、最近こういった感情表現もちひろはするようになっていた。
そして、そのまま夕食へと自然と流れていく。四人がテーブルを囲み、蒼乃の手作りのハンバーグを食べる。雰囲気はとてもよかった。まるで昔からの知り合いみたいにみんな自然と打ち解けて、明るい会話が続く。蒼乃はこんな大勢で、しかもこんな心地よい雰囲気で食事をしたことは初めてだった。だから、蒼乃は少し戸惑った。家族との食事はいつも殺伐としていて耐えがたいものだったし、友だちとはいつも緊張した関係でしかなかった。
でも、蒼乃は戸惑いながらも、まるで家族のようなこの雰囲気に、心地よさを感じていた。温かく、そして、楽しく、幸福な時間だった。
「この部屋はやっぱり僕の部屋と作りは似ているなぁ」
食後のコーヒーをすすりながら博斗がリビングを見回す。
「そうなんですか」
「うん、ちょっと、部屋の配置とか細かいところは違っているけどね」
そこで博斗が暖炉を見て、視線をとめた。
「暖炉?」
「はい、なんかあるんですよね。使えないんですけど。煙突が詰まってて」
蒼乃が答える。
「うちの部屋にはないな」
「そうなんですか」
「うん」
「うちだけなんですかね」
「多分そうだよ」
「そうだったのか」
「あっ、そうだ、よかったら、今度はうちにも遊びに来てよ」
博斗が蒼乃を見た。
「は、はい」
蒼乃がそう答えたその時、博斗のスマホが突然鳴った。
「あっ、鍵業者が来たみたいだ。案外早かったな」
博斗が立ち上がる。
「ごちそうさま、とてもおいしかったよ」
博斗が言った。
「君はとても料理が上手なんだね」
「いえ」
蒼乃は照れる。でも、とてもうれしかった。
「ありがとう。助かったよ」
博斗はそう言って、蒼乃、愛美、ちひろを笑顔で見て部屋を出て行った。
「・・・」
博斗はとてもいい人で、思いがけずすごく幸せな時間だった。それを蒼乃は博斗の帰った余韻の中で感じた。




