逃走
駅の近くの人の多い場所まで来ると、そこでやっと蒼乃は落ち着いた。これだけ人がいれば、大丈夫だろう。蒼乃は走るのをやめ、後ろを振り返った。
「!」
だが、その時、遠くの人混みの中に、あの特徴的な白い髪が見えた気がした。
「・・・」
蒼乃は胸騒ぎがして、目を凝らしてそこを見た。
「あっ」
やはりそれはあの少女だった。人混みの流れに乗って、たんたんと無表情に少女は蒼乃の方に歩いて来る。
蒼乃は、慌てて再び走り出した。
「はあ、はあ、はあ」
蒼乃は、夢中で走った。
「やっぱり、やっぱりつけて来てる」
走る蒼乃の背中に、痺れるような恐怖が虫のように這いまわった。
「はあ、はあ、はあ」
ビルの角を曲がり、人混みを掻き分け、どこをどう走ったのか分からないほど、蒼乃は必死でめくらめっぽう走った。
「はあ、はあ、はあ」
蒼乃は、息が切れ、大きなビルの角で止まった。そして、恐る恐るもう一度振り返った。
「・・・」
そこに少女はいなかった。
「はあ、はあ」
とりあえず、ほっとした蒼乃だったが、しかし、まだ何か言い知れぬ不気味な不安が背中いっぱい覆っていた。
呼吸はまだ整っていなかったが、蒼乃はまたすぐに走り出した。
ドンッ
と、その瞬間、蒼乃は目の前の誰かにぶつかり、後ろによろけた。
「あっ、すみません」
蒼乃はすぐにぶつかった相手に謝った。
「・・・」
しかし、返事がない。蒼乃は嫌な予感とともに、恐る恐るぶつかった相手を見上げた。
「すみません、じゃねぇんだよ」
見上げた瞬間、ドスの利いた声が蒼乃の頭上から響いた。
予感通り、見るからにといったスキンヘッドの強面の、縦にも横にも規格外に大きな若い男のものすごい形相が、蒼乃を見下ろすように睨みつけていた。
「・・、あの・・、あの・・」
蒼乃は必死で弁解し、謝ろうとした。だが、弁解の余地もなく、そのまま蒼乃は、スキンヘッドの後ろにいた連れの若者たちに囲まれた。