漂う色香
次の日、蒼乃が朝食の後片付けをしていると、リビングのソファから、二人の楽しそうな話し声と笑い声が聞こえてきた。ちひろがあんなに笑うなんて珍しいことだった。
いつの間に仲良くなったのか、妙に仲のよい二人に、その時、蒼乃は複雑な気持ちになった。そして、何か説明のできない熱い感情を感じた。
「何これ・・」
蒼乃は自分の感情に驚く。
「嫉妬?」
それもあるかもしれない、でも、それだけではない気がした。
「なんでこんなに苦しいの・・」
蒼乃は自分の手を胸に当てた。
「何・・?」
蒼乃は自分の中に新しく発生したこの強い感情に戸惑った。いや、新しく出てきたんじゃない。前からあった。それを気づかないふりをしていただけ・・。
「・・・」
なんとなく、そんな気もして、その場に蒼乃は立ち尽くす。
「私・・」
「ねえ」
その時、急に声がした。
「えっ」
蒼乃が驚き、顔を上げると愛美だった。愛美が台所の入口の柱に半身を隠すようにして蒼乃を見ていた。
「ビールとコーラもらっていい?」
「う、うん・・、冷蔵庫にあるわ」
「ありがとう」
愛美は、ゆっくりと台所の中に入ると冷蔵庫の扉を開け、缶ビールとコーラを一本ずつ取り出した。
「ねえ」
「えっ」
ふいに愛美は蒼乃の背後から、その肩に顎を乗せるように顔を近づけた。
「それが終わったら蒼乃も一緒にテレビ見ようよ」
甘くとろけるような言い方だった。
「う、うん・・」
蒼乃は固まったように緊張する。
「ふふふっ、待ってるわ」
愛美はそう言って、何とも色っぽい笑みを残して再びソファの方に行ってしまった。
「・・・」
蒼乃は心臓が破裂しそうなほどドキドキしていた。
「何これ・・」
蒼乃はそんな感情に戸惑いながら、その場に立ち尽くした。そして、動揺を残したまま、後片付けの続きに戻った。
「どこ行くの?」
昼前、買い物に行こうと蒼乃が玄関まで来ると、後ろから声がした。
「えっ」
蒼乃が振り返るとそれは愛美だった。
「ちょっと、買い物だけど」
「私も行っていい?」
体ごと首をかしげて、愛美は蒼乃の顔を覗き込む。
「えっ、う、うん」
蒼乃は、またどぎまぎして、どもってしまった。
「ふふふっ」
愛美はそんな愛美を見てまた意味ありげに笑った。
二人は連れだって近くの商店街を歩く。
「へぇ~、色んなお店があるんだね」
最初の頃に、蒼乃がこの商店街に来た時と同じ感想を愛美は言う。
「うん、いろんな国の人がいるから、お店の種類もいろいろあるんだよ」
「へぇ~、あっ、あれなんだろう」
愛美は、楽しそうに、店先にある、ちょっとした珍しいものすべてに反応していく。
そんな愛美に、すれ違う男たちの視線が、絡みつくようにそこかしこから次々と飛んで来る。一緒に歩いている蒼乃さえそれを感じた。やはり、愛美は、周囲から浮きたつようにその美しさが輝いていた。しかし、当の愛美はそういう視線には慣れているのか、全く動じることがない。それどころか男と目が合うと、軽く手を上げ指を動かしながら、余裕の笑顔まで見せる。逆に男たちの方が、顔を赤くして逃げていく始末だった。
「・・・」
蒼乃は、そんなすぐ横の愛美をチラリと見る。やはり、尋常じゃない色香が愛美には漂っていた。色気の濃度が濃すぎて、愛美を取り巻くそれが肉眼で見えそうなほどだった。
「・・・」
普通じゃない、堅気じゃない何かを蒼乃は感じる。何者なんだろう。隣りを歩きながら蒼乃は思った。ヤクザの事務所にいた謎の美少女・・。
「今夜は何にするの?」
その時、ふいに愛美が蒼乃に顔を近づけ訊いてきた。
「えっ、う、うん、今夜は焼肉にしようと思うんだけど」
ふいに話しかけられ、どぎまぎしながら蒼乃は答える。
「私、焼肉好きよ」
愛美は人懐っこい笑顔で、蒼乃の顔を覗き込むように見る。
「う、うん」
愛美は同じ女の立場から見てもかわいかった。蒼乃はさらにどぎまぎしてしまう。
「あっ、ワイン買わなきゃ」
蒼乃がそれをごまかすように言った。
「それって私のため?」
すると、愛美はさらに蒼乃の顔を覗き込んだ。
「う、うん」
「ありがとう」
愛美ははじけんばかりの笑顔で、蒼乃に抱き着いた。愛美のふくよかなやわらかい感触に蒼乃の全身が包み込まれる。
「私のこと考えてくれるんだ」
愛美は、うれしそうに蒼乃の顔の間近で覗き込むように言う。唇と唇が触れそうなほどの距離だった。蒼乃の顔は真っ赤になった。
「なんか楽しいね」
そう言うなり愛美は、今度はいきなり蒼乃の腕に自分の腕を滑り込ませ、体を密着させるように腕を組んできた。
「えっ」
蒼乃は驚く。
「ふふふっ、なんかデートみたい」
だが、愛美はそのまま腕を組んだまま歩き出す。
「えっ」
蒼乃は突然のことに驚きながらも、そのまま愛美に歩調を合わせ、歩いて行く。
「楽しいね。ふふふっ」
愛美は楽しそうに笑う。
「う、うん・・」
蒼乃は戸惑う。でも、なんだか不思議な高揚感を感じていた。それは、今まで感じたことのない、心の、いやもっと下の、下半身から這い上って来るような、こそばゆい痺れるような高揚感だった。




