バックの中身
「よっ」
ちひろが駅前を一人歩いていると、変なチリチリのパーマをあてた縦じまの黒スーツ姿の四角い顔の男が、ちひろの横に近寄って来た。顔は病的に青白く、目は何ともいやらしく細い。後ろには二人、色黒で太ったのと、坊ちゃん刈りでドングリみたいな顔の、やはり同じ黒いスーツに身を包んだ男を従えている。
「仕事か?」
そして、男はちひろに馴れ馴れしく顔を近づけ話しかけた。
「・・・」
だが、ちひろはそのまま無視して無言で歩き続ける。
「お前、女を一人飼い始めたんだってな」
男がちひろの小さな肩にさらに馴れ馴れしく手を回す。ちひろは表情を変えなかったが、右の眉だけが小さくピクっと動いた。
「やめとけ、めんどくさいことになるぞ」
「・・・」
「そういうちっさなことから、身を亡ぼす」
男の左眉には縦に割れるように傷があった。
「そういう些細なことから、死ぬことだってあるんだぜ。悪いことは言わねぇ。すぐに殺しちまいな。それが身のためだぜ」
「・・・」
ちひろは話を聞いているのかいないのか黙っていた。
「俺はお前のために言ってるんだぜ。お前は腕がいい。最高だ。俺たちもお前は失いたくねぇ。分かるな」
男はちひろにさらに顔を近づける。だが、ちひろはやはり、なんの反応もない。
「人の忠告は聞いとくもんだぜ。たまには事務所に来いよ」
最後にそう言って、にたりと嫌味な笑いを残し、ちひろの肩をポンポンと叩いてパーマ男は消えて行った。
「・・・」
ちひろは、何事もなかったみたいにそのまま無表情で歩き続けた。
「お帰り」
蒼乃が帰って来たちひろを見た。ちひろは朝から一人どこかへ出かけていた。
「どうしたのそれ?」
ちひろは大きなバックを持っていた。だが、蒼乃が訊いてもちひろは答えない。ちひろは、黙ってその大きなバックをダイニングのテーブルに置いた。
「仕事?」
蒼乃が訊いた。ちひろはそれにも答えず黙って中を開けた。
「!」
中を開けたちひろが、目を見開く。そして、目をパチクリさせる。蒼乃が初めて見るちひろのそんな姿だった。
「どうしたの?」
蒼乃もバックの中をのぞいた。
「あっ」
そこにはドラマや映画なんかで見る白い粉の入ったビニール袋が無数に並んでいた。
「何?これ?」
蒼乃がちひろを見る。
「・・・」
しかし、ちひろは時が止まったみたいに固まっている。
蒼乃がバックの中をもう一度のぞく。
「どうしたの?バック間違えたの?」
そして、もう一度ちひろを見る。状況的にそうみたいだった。
「返してくる」
ちひろが言った。
「えっ、返してくるって」
蒼乃が驚く。
「危ないんじゃないの」
それは蒼乃にもなんとなく分かった。多分、現場にまた戻るということなのだろう。
「うん・・」
ちひろもいつにない険しい表情をしている。
「危ないよ」
「大丈夫ちゃんと帰って来るよ」
だが、ちひろはまたバックを持ってそのまま行ってしまった。
「・・・」
蒼乃はその背中を見送ることしかできなかった。蒼乃はなんだか嫌な予感がした。ちひろが仕事でミスをするなんて今まで一度もなかったことだった・・。
「・・・」
ちひろは再び、さっきまでいたヤクザの事務所にいた。ちひろが去る時同様、ちひろが殺した組員が六人転がっていた。
ちひろの予想に反して事務所にはまだ誰も帰って来ていなかった。ちひろは拍子抜けして、そのまま奥の組長の部屋まで行った。
「これね」
組長の大机の上に、ヤクの入っていたバックと同じバックを見つけ、中を確かめた。そこには、ちゃんと現金が入っていた。ちひろは、持ってきたバックを置き、現金の入ったバックを手に持った。
ガタッ
その時、組長の座る大机の陰で音がした。ちひろは素早く背中から銃を取り出し、そちらに向けた。
そして、ゆっくりと、ちひろは大机を回り込んだ。
「!」
大机の裏に回り込むと、そこには少女が一人机の下で震えていた。
「あんた誰?」
ちひろは、銃を向けた。
「・・・」
少女は両手を軽く上げ、浴びえた目でちひろを見上げた。




