どっか行こうよ
「ねえ、どっか行こうよ」
蒼乃が言った。毎日毎日家にいることが多く、行動半径が駅前からマンションまでの間でほぼ止まっている。
「どっか行かない?」
蒼乃はちひろの隣りに座り、もう一度言う。ちひろはゆっくりと蒼乃を見る。
「やだ」
「なんでよ」
「・・・」
ちひろは首を傾げている。自分でも分からないらしい。
「この町から出たことないもん」
そして、ちひろは言った。
「ええっ」
蒼乃は驚く。ちひろは仕事以外ではこの町から出たことがなかった。仕事で出るのも全て指示通りに動くだけで、何かその町のことが分かって動いている訳ではない。
「じゃあ、遊園地行こうよ」
「遊園地?」
ちひろが首をかしげる。
「すごく楽しいとこ」
ちひろは、首をさらにかしげ、少し考えてから蒼乃を見た。
「うん、行く」
「うん、行こう」
蒼乃もうれしそうに言った。
「ちひろ、起きて」
次の日の朝、蒼乃は子どもみたいに眠るちひろを必死に起こす。
「眠いからヤダ」
「ダメ、起きて」
「ヤダ」
「今日は遊園地行くって言ったじゃない」
「ヤダ、眠い」
「もう・・」
蒼乃は呆れるしかなかった。
「ほんと子どもね」
「子どもじゃない」
ちひろが素早く顔を上げた。そこにだけはいつも敏感に反応する。
「じゃあ、起きて」
「やだ」
しかし、ちひろは再び枕に顔をうずめる。
「もう・・」
人を殺す時以外、ちひろはまるで幼い子どもそのものだった。
ある種の才能は、人間性や社会性を奪うという。そんなことを、何かの本で読んだことを蒼乃は思い出した。
ちひろは、昼前になってやっと、ぼっさぼさの頭で起きてきた。
「もう何時間寝てるのよ」
蒼乃が呆れる。ちひろはいつも十二時間ぐらい寝ている。
「遊園地行こう」
ちひろがまだぼーっとした目で言う。
「うん・・、でも、まずその頭何とかしよう」
蒼乃が言った。
まだ寝ぼけ眼のちひろの爆発した頭を、ブラシを使い、なでるようにして蒼乃は丁寧に整えていった。
「ほんとキレイな髪だね」
蒼乃がちひろの髪を梳かしながら言った。ちひろの髪は、近くで見ても、うっとりするほど美しい白だった。
「ん?」
しかし、ちひろは何を言われているのか分からず、蒼乃を首を回して見上げる。
「ふふふっ」
その姿に蒼乃は思わず笑ってしまう。
「なんで笑うの?」
ちひろがそれを不思議がる。
「なんで?」
「ううん」
蒼乃は余計おかしくなってさらに笑った。
「?」
それをちひろが、不思議そうに見つめる。本当に仕事以外のちひろは幼い子どものようだ。蒼乃はあらためて思った。なんだか、自分がお母さんになったみたいだと思って、蒼乃はまた一人笑った。
「?」
それを、ちひろがまた不思議そうに見つめる。
「準備できた?」
着替えの終わったちひろに蒼乃が訊いた。
「うん」
そう答えると同時に、ちひろが引き出しから、拳銃を取り出した。
「えっ、銃を持ってくの」
「うん」
当たり前みたいにちひろはうなずいた。そして、それをぞんざいにスカートの背に差す。
「えっ」
蒼乃は驚くが、ちひろはまったく頓着しない。
「大丈夫?」
「何が?」
「何がって、警察とか」
「うん、大丈夫」
「大丈夫って・・、せめて服の中に隠すとか・・」
蒼乃はやはり心配する。
「だって、警察も知ってるもん」
「はい?」
蒼乃は意味が分からなかった。
「それって・・、どういうこと?」
「警察も全部知ってるもん。捕まらないよ」
「それって、警察もグルってこと?」
「うん」
ちひろはかんたんにうなずく。
「ほんと?」
「うん、だって、警察の仕事もしたことあるよ」
「・・・」
「早く行こう」
そして、ちひろは蒼乃に背を向け、すたすたと一人玄関の方に行ってしまった。
「・・・」
蒼乃はちひろの話が信じられなくて、しばしその場に茫然としていた。




