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灰色の帰宅

「ただいま」

 夕方過ぎ、蒼乃は、いつものように力なく自宅のマンションの玄関の扉を開けた。

「お前また学校行かなかったろ」

 蒼乃が中に入り、玄関のドアが閉まるか閉まらないかの間だった。奥からものすごい剣幕で、蒼乃の母親が飛び出してきて、蒼乃に迫ってきた。

「あの・・」

 バチンッ

 蒼乃が答える間もなく、平手打ちが蒼乃の頬に飛んだ。

「お前はなんでそんななの」

 ヒステリックな声が、キンキンと蒼乃の脳天と廊下いっぱいに響く。

「なんでなの」

 母親は、蒼乃の両肩を掴み、力任せに揺すぶった。

「なんでなの」

 蒼乃の母親の顔が蒼乃の目の前に迫る。その目は血走り、鬼のような形相だった。

「ごめんなさい・・」

 蒼乃は、力なく答え、涙をこぼした。

「なんでお前は、そんななの」

 それでも、母親は凄まじい形相で蒼乃に迫る。

「私・・、どうしても・・」

 バチンッ

 また、平手打ちが飛んだ。

「甘えんじゃない」

 ものすごい、稲妻のような叫びが、蒼乃の頭上から垂直に落ちた。

「行きなさい」

 有無を言わせない、それ以外が絶対にない口調だった。

「行きなさい」

 母親はさらに叫んだ。それは命令と言うよりは脅迫だった。

「はい・・」

 蒼乃は、か細くそれだけをいうのが精いっぱいだった。

「なんで・・、あんたは・・」

 蒼乃の両肩を掴む母親の手が震え出す。

「うっ、うううっ」

 母親は泣き出した。

「ちゃんとして、お願いだから」

「・・・」

 蒼乃もその場に立ち尽くし、黙って泣いていた。

「お願いだから・・」

 母親は蒼乃の胸に泣き崩れた。

「ちゃんとして・・」

「・・・」

 蒼乃は、そんな母親を胸に抱き、ただその場に立ち尽くすしかなかった。学校に行けず、母親を泣かす、そんなふがいない自分が堪らなく悲しかった。

「今日はあなたの好きなハンバーグよ」

 一しきり泣くと、顔を上げ、母親は泣き顔のまま笑顔を作った。

「うん」

 蒼乃も悲しみの中から、精一杯の笑顔を作った。


 自分の部屋に入ると、蒼乃はほっとして、ふーっと一つ息を大きく吐いた。

 蒼乃は、自分の部屋のベッドに飛び込むように横になった。

「・・・」

 ピンクを基調とした明るい雰囲気の部屋に、重い灰色の心が沈む。母のヒステリーはいつものことだったが、それでも蒼乃の心に重い固まりを残した。

「・・・」

 なんでこんなに生きづらいんだろう。なんで普通に生きられないんだろう。蒼乃は沈む心のままに、どこまでも悲しみに落ちていく自分をどうすることもできなかった。

 世界は広く、生き方も価値観も様々あるはずなのに、自分は一人、色のない冷たいコンクリートの壁に囲まれ逃げられない。自由であるはずなのに、切れない鉄の糸に繋がれたカイトのように、バタバタと同じところでただあがいている。

 自由になりたかった。全ての束縛と運命から自由になりたかった。私自身の決定された何かから自由になりたかった。

「・・・」

 その時、蒼乃は、なんとなしに今日出会った少女のことを思い出した。

「あの子に会いたい・・」

 なぜか蒼乃は切実にそう思った。あの少女にもう一度会いたかった。今日会ったあの少女は、人とは違う何かを持っている気がした。それが自分を救ってくれるような気がした。新しい世界に連れて行ってくれるような気がした。ピーターパンがネバーランドに子どもたちを連れて行ったように、あの少女が、誰も知らない幸せなどこかへと、自分を連れて行ってくれるような気がした。

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