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第六輪

 「はぁ、心配しましたよー。突然失踪されたと舞ちゃんから聞いてビックリしちゃいましたー」


 赤黒い髪の少女が視界に現れて、それに気づいた俺を見て、胸を撫で下ろしていた。


 景か? いや、景じゃない。なら、誰だお前は。景はそんなこと言わない。俺を気遣うような言葉を景はあえて言わない。


「んっ。なんだか警戒されているご様子ですが、ご安心ください、この場所は100パー安全ですので!」


(こい)、セントまで言いなさい」


「お姉ちゃんは細かいなー。別にいいじゃない、伝わればー」


 コイ、というのが彼女の名前なのか? それと、もうひとり、そこにいるのは舞らしい。


 景は……ッ!!! 


 真っ赤な無数の液体の玉が目の前に飛び散り、その向こうには、赤い水溜りがあって、霞んだピンクやオレンジ色の物体が転がって、その中では、尋常で無い角度にねじれた四肢を地面に放り出した、景が、眼球が飛び出るほど、いや実際に飛び出して、睨む、睨みつける。俺をッ!!


「ああああああああああああああ」


 俺はベッドの上で身体を捩らせて泣き、呻き、叫んだ。


「あぁあぁ、リヒちゃんったら」


 後から思いかえすと、身体が操作権を完全に第三者に奪われたみたいに、両腕をベッドをパイプに打ちつけたり、蹴ったりして、少女たちにマットレスを投げつけた。


「お、落ち着いてくださいッ!!」


「麻酔薬もらってくるねえ」


「あああああああああああああああ」


 ここで、このまま死んでも良いと思った。このまま叫び続けて、身体の中が空になって、抜け殻みたいに、風に吹かれて粉々に消えてしまいたい。 


 加藤理人の叫びだけが病室に木霊する。





 その様子は分厚いコンクリート壁を隔てた部屋の外にいる大紙盧武助(おおがみろぶすけ)の耳にもはっきりと聞こえていた。


「ロブちゃん、今んところ面会は無理そう」 


 戀は、なぜか舌を少し出して悪戯っぽく笑う。


「そのようですね。落ち着いたら、また連絡を下さい」


 うん、と戀は弾むように頷く。


「いやあ、しかし、残念です。せっかく兄さんからお祝いの言葉を頂こうと思っていたのに」


「あ、そう言えば、推薦通ったんだね! おめでとー」 ぱちぱちと声に出して手を叩く。


「ええ、当然の結果でしたが」 白く長い前髪を中指と薬指で挟んで避けた。


「これでリヒちゃんも受かれば同級生だね! 仲良くしてあげなよ?」


「そもそもアレで受験できるのか、心配ではありませんが。健闘を祈ります」


「そうだね」


 では、と盧武助は白髪を揺らして去った。その背中が十分に小さくなったのを見ると戀は呟く。


「この場所、本家の中ではウチとお姉ちゃん以外知らないはずだったのになあ……」ポリポリと頭をかく。


 戀の頭の中で背の高い女がひとり思い浮かんだ。露武助は彼女にこの場所を突き止めるように指図したのだろう、新兄ちゃんの存在の詳細も含めて。


 だが、というか、やはり今の言動からは、病院の爆破には全く関与していないように思えた。彼がここに来た目的は言葉通り、本当にお祝いの言葉だけを頂きにきたのだろう。彼の行動原理を考慮すると、病院の爆破などは御法度。いや誰でもご法度だが、少なくとも彼ではない。彼ならば、正々堂々と自身の気高い誇りを見せつけるように攻撃してくるだろう。


「素直で可愛いと言えば可愛いんだけどなー」


 彼らは全く反りが合わないだろうと、対面した時のことを想像して笑いが込み上げる。


「戀! こんな所にいたのか、麻酔薬はどうした?」


「あっ」


「あっ、じゃない! やっと、落ち着いて、今は眠っていらっしゃるが、またいつ発狂されるかわからない。今すぐに取りに行きなさい」


「はぁい」



 ここから次のイベントが発生するまでは、ダイジェストでお送りする。


 先に結論から言うと、俺は高天原高校に合格した。


 あれから、俺の目が覚めたのは一週間後。相変わらずベッドの側には2人の姉妹がいて、彼らは死んだもうひとりの女の子について語ることはなく、ただ淡々と受験の準備を進めてくれた。


 俺の生活はどこにあるのかもわからないコンクリートの部屋の中だけで完結した。たまに日の光を浴びるためと、ただ広いだけの日当たりの良い白い部屋に連れて行かれたが、窓は目の届かないほど高い場所にしかなく、外の様子は確認できなかった。


 景のことは毎晩夢に見る。いつも大量の汗を垂れ流して目を覚ますのだ。その度に俺は自分の矮小さを思い知らされる。全て見えていたはずだと思っていたのに、見えていなかった事実に直面する。


 本番までの期間は残りわずかだったが、景との約束を思い出して決意を固め、勉学に励んだ。舞と戀や彼女たちが用意してくれた優秀な家庭教師のお陰で3年間のブランクを取り戻せた、とは、やはり言い切れなかった。


 受験前日になっても思うように問題を解けないでいる俺を見て、舞と戀の顔は晴れない。雇われ教師の方からは、とうに見切りをつけられていた。


 舞は陰鬱な顔で、手段はそれしかないのだと、俺に下駄を履かせる手筈を進めていると告げた。どうしても合格させなければならないのだと。


 自分でも、情けないことはわかっていた。自分自身の力だけで入学することで、外に示せるものがあったはずなのに。本来なら落ちるはずの人間が、巨大な権力の盾を持って門をこじ開ける。その通りにしてもらう他には無いのだと、わかっていた。そこまでして入学したくない、とは言えなかった。


 当日の朝、目が覚めると途轍も無い左眼の疼痛に襲われる。あまり無理をしないでくださいと舞に言われ、何なら会場に行かなくても良いなんて言葉が出かけて、俺は直ぐにそれを遮った。


 絶対に合格してやる、と執念で立ち上がり、会場には開始時刻ギリギリで飛び入りした。


 最初の1教科は元々得意だった国語だったので、痛みに耐えながらもある程度は解けたが、最後の問まで辿り着けず、合格点には及びそうもなかった。


 2教科目は数学で、問題を読んでもまともに理解できそうも無かった。しかし、試験途中で痛みが治ったかと思うと、突然数式が頭の中に飛び込んで来た。左眼は潰れて包帯に覆われていたのに、その左眼が全てを見ていた。今まで見たこともないような図形や文字が飛び込んできて、なのにその意味や概念を理解していて、それらは全て問題を解くことに役立った。


 気付けば、いつもなら考えられないような圧倒的な速度で解答を書き終えていた。


 その後は、言うまでもないかもしれない。


 

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