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夏の蟹

作者: 比我 鏡太朗


 照り付ける太陽を無防備に浴びながら霞む意識の先の長く伸びる等間隔の白線の道路の先の歩道を見つめるでも無しに眺めながら夏を実感すると共に行く宛もなくさ迷う此の身には都会の道路は果てもなく大きくて尻込みするような億劫な気持ちと、宛どない自由な気分が錯綜した心地で信号を待っていると、隣に蟹が並んできた。


 聳え立つビルに四方を囲まれて人工物がたむろする大都市の交差点で看板が目を凝らして見据える一角に私と蟹とその他諸々の人間達を車が横目で行ったり来たりを繰り返し遥か遠くに小人のように鎮座する群衆は蟻のように頼りなく貸すんで見える。



 渋谷のスクランブル交差点が好きだ。人がぶつかり合わぬ様が面白く、すれ違う人々はそれぞれ当たり前のように皆違った顔をしながら前だけを眺めてすれ違う。東京の町が好きだった。とてつもなく自由な出で立ちを世相の中に写し込み、他の大都市には無い寛容さと無関心が其処には会った。それが心地良くて良く渋谷の町を徘徊した。


 同じような徘徊者が人生の一時の時間をその町と共に送っていた。


 朝方に訪れた渋谷の町は、人通りも少なかった。人が行き交うスクランブル交差点を誰も行き交わずに一人で歩いた。タクシーや高級車に見つめられ、ビルに見下ろされ一人で歩くその道は、レッドカーペットを聴衆も観客もなく歩くような気分で不安と高揚と虚しさと自由が無い混ぜに為っていた。



 信号待ちをする傍らに蟹が並んだ。炎天下の真夏日に蜃気楼の横断歩道を正面を向いて行儀良く待っていた。泡をブクブク吐きながら甲羅をあかくしてじっと前を向いて待っている。甲羅の上に達磨のように積み重なった頂上の蟹は丁度目線が合う高さでその蟹は心無し苦しそうにキョロキョロと目を動かしていた。横目で目が合ったような気がして一度目を逸らしてから盗み見ると、やっぱり少し苦しそうに佇んでいる。ブクブクと吐く泡が下にいる蟹へと注がれてその滴が流れ伝い、足元を濡らしていた。信号が変わった。


 蟹は一斉に向きを変えて歩き出した。人の群れの中で我先にと歩き出した蟹は思ったよりは速度張無く人が追い越していった。

 タコ娘といか娘が楽しそうに会話をしながらすれ違っていった。

マンボウが陽気な足取りで悠々と追い越していった。

 ウツボが踵を返して鋭い目付きを獰猛な顔に浮かべながら娘達の後を追うのを横目で眺めながら蟹の斜め後ろを歩く。追い越せるのだが、同じスタートを切った者として蟹の行進を見届けたい気持ちと何だか申し訳ないという詰まらない遠慮を感じて距離を置いて歩いた。


 車のウインドウガラスに反射する鋭い光を感じながら、ひらけたスポットを走り去る車の群れの向こうに自由の息吹とやるせなさを感じながら馴染まぬ都会の疎遠な道を珍しげに眺める自分の意識と演じる意識が錯綜した。本当はちっとも興味など無いのに何かを追い求めるようにキョロキョロと目を泳がし、時にじっと見据える自分は何も持たぬ漂流者で1000年先も1000年前もこうしていたのだ。綺麗な珊瑚を探すように海の底を歩くのだが、綺麗な珊瑚を見付けてもそれは自分にはゆかりの無いものだと眺め去ってはまた歩く。


 そんな気配も気分も夏の薫りと磯の匂いで誤魔化されて相変わらず長ったらしい横断歩道を蟹と共に渡っていて、中間にある島を少し越えた先で蟹の足取りがふらつき出した。ブクブクと吹く泡の量が一気に増えたと思ったら萎み出し、頂上の蟹が項垂れるように鋏を垂らしていた。足取りが重くなる蟹を追い越そうかと思い馳せていると、

 白いワンピースがひらりと横を通りすぎ、涼しげな風を起こして蟹の元に歩み寄って行った。

 道路の上で立ち止まる蟹の頭上に小さなクラゲの傘が差し出された。

 眩しい横顔に照らされたその顔は都会の中心にいる事を一時忘れさせるような笑顔で渇いた胸に滴を垂らして去っていった。


 透明の傘の下、蟹は更に甲羅を赤くして息を吹き返したように先にある歩道へと渡っていった。私もその後を追って、蟹が行く道と別の道を歩いた。


 

 振り替えると、広い道路の頭上でリュウグウノツカイが二人で輪を描いて空高く舞い上がって行った。


 何でリュウグウノツカイは地上に出てきたのか、彼女とする会話を想像しながら町を歩いた。


 

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