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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

バケモノと間の巫女

作者: 降雪 真

エブリスタ「妄想コンテスト」応募作品です。

短編で短い小説になっておち、10分ほどで読めますので是非お気軽にお読みください。

 その日、生垣にある(ほころ)びを見つけたのは、本当にたまたまのことだった。


 マナカはそのとき、最後に食べようと大事にとっておいた目玉を手のひらでころころと転がしていた。

 一体この目は何を見ていたのだろうと、思いを馳せていたのがよくなかった。前を見ていなかったマナカはバケモノとぶつかり、その拍子に目玉を落としてしまったのだった。


 ぎょろり、と百の目でバケモノがこちらをにらみつける。マズイと慌てたマナカは急いで謝罪した。

 ……何事もなくバケモノが去ったはいいものの、そうこうしているうちに目玉はどこにいったのかわからなくなってしまう。マナカは身をかがめ、必死になって探したそのときのことだ。マナカは生垣に、ぽっかりと開いた穴を見つけたのだった。


 この世とあの世の境界、(あわい)に建てられた屋敷がある。

 数多のバケモノがあの世へと行こうと試みるも、生垣の結界が邪魔をして進むことができない。あの世には食べきれないほどの人がいるというのに何とも勿体ない話だというのは、バケモノの間では広く言われることだった。


 ところが落とした目玉は、ある筈のない結界の綻びを抜け向こう側へと転がっていってしまったようだ。マナカはびくびくと周りの様子をうかがいながら、潜り抜けていった。



 無事結界を抜けたマナカは、落ちた拍子に目玉についた砂をぱっぱと払うと口の中に放り入れた。

 目をつむり、ころころと口の中で転がし感触を楽しんだら、歯を思い切って突き立てる。するとぷつりという感触とともにじんわりと広がる甘みと、目玉が最後に見た光景が目の前に広がるのがマナカは好きだった。


「誰?」


 目玉を食べたあとの余韻に浸っていると、誰かに呼ばれた気がしたマナカは、首をぐりんと180度曲げて振り向いた。

 すると窓や障子を開け放した屋敷の中に、布団に横たわったまま上半身だけを起こした少女がいた。


 白く、ほっそりした体。マナカは思わずその姿に目を奪われた。ぱっと目を見ようとするが、そこには頭巾のような布が上からかけられていて見ることができない。


 あの布の下にはどんなに美しい目玉があるのだろう。


 そう思うとマナカはいてもたってもいられなくなり、光に誘き出される蛾のようにフラフラと少女の元へ歩み寄った。


「誰か、そこにいるの?」


 少女が怯えた声で尋ねた。身を隠してもいないのにこちらの様子がわからないことから、目は見えていないようだ。あんな布、とってしまえばいいのにと思いながら、マナカはおずおずと答えた。


「驚かせたならごめん、僕マナカっていうんだ」


 少女は誰かの声が聞こえたことにとても驚いた様子で、びくりと体を震わせていた。


「マナカ? あなたはどうしてここにいるの?


 もしかして……人じゃないの?」


 その言葉を鼻で笑うようにして答えた。


「馬鹿言わないでくれよ、僕のどこが人だっていうのさ。僕は人じゃない、バケモノさ。たまたま抜け穴があったから、何があるのか気になっただけさ」


 マナカは馴れ馴れしい態度で縁側に上がると、少女に向かい合うようにして座り込んだ。すると少女はしばらく黙り込んでいたかと思うと、首をかたりと傾けて言った。


「そう、じゃあ結界もついに無くなるのね。私の役目ももう終わり」


「君は一体ここで何を……。もしかして君がこの結界を張っているのかい?」


 少女はことりと首を縦に振った。それを見たマナカは大げさなほどに肩をすくて強く言い立てた。


「おいおい、何て迷惑なことしているんだい。おかげで僕らはロクに食事もできやしない。ねぇ君、いますぐこの結界を解いておくれよ」


 距離を一気に詰めるように腕を体の倍ほども伸ばし、脅すように鋭い爪を首筋に突きつけた。ところが少女はぴくりとも動じない。


「それは無理よ。私はこの屋敷の主。(あわい)の巫女だもの。私がここに在る限り、この結界はなくならない。

 綻びは私がもう消えかけている証拠でしょう。待ちきれないなら私を食べてしまえばいいわ」


 きっとにらみつけるように顔を向ける少女にマナカは思わずたじろぎ、縁側から飛び降りた。


「君は自分の命が惜しくないのかい? 僕は知っている人は皆、死にたくないって泣き叫ぶ奴らばかりだったよ」


 警戒を強め、じろじろと嘗め回すように少女を見た。


「私はずっと独りでここにいるの。どれくらい経ったかも、もうわからない」


 少女は遥か彼方を見通すように上を向き、深く息を吐いた。張りつめていた緊張感がなくなり、マナカはほっと肩を落とした。


「ねぇ、これを見て」


 少女の頭から、はらりと布が舞い落ちた。そこにはぽっかりと穴が開き、ある筈の目玉がない。眼窩にあるのは真っ暗な空洞ばかりだった。


「ひどいな。誰かにつまみ食いでもされたのかい?」


 目を大きく見開いた後、不愉快だとばかりに顔をしかめたマナカの様子がおかしかったのか、少女はころころと声を立てて笑った。

 マナカは思いがけず笑ってもらえたことで嬉しくなり、追従するように笑いながらその声の美しさに心奪われじっと少女を見つめていた。

 少女のために、もっとできることはないかしら。そんなことをいつの間にか考える自分に、マナカは驚いていた。


「これは私の父さまと母さまがやったの。私がここから逃げないように、余計なものが見えないようにと、目玉をくり抜いてしまったの」


「ひでえことすんだな、人間って」


 息を荒くしてここにはいない誰かに怒りの声を上げながら、マナカはちらちらと横目で少女の様子を見ていた。

 よかった、喜んでくれているみたいだ。調子に乗ったマナカは縁側をひとっとびで飛び越え少女の隣に座ると、その手を握って少女を見つめた。ぎしりぎしりと床が鳴るのも気にせず、マナカは少女の手だけを見ていた。

 少女の指はすべすべとしていて、折れてしまいそうなほど細かった。


「ねぇ、僕が君をここから連れ出してあげようか」


 名案を思いついたとばかりに、手をぐっと握ってキラキラとした目でマナカは少女に迫った。少女はじっとマナカを見つめていたが、大きく息を漏らして言った。


「そんなの無理よ。父さまや母さまに叱られてしまう。それにこんな体じゃどこにもいけないもの」


 肩透かしを食らったようにがっくりとするマナカを見て気の毒に思ったのか、少女はわざと明るい声で言った。


「ねぇ、そんなことよりももっとあなたのことを聞かせてちょうだい。外がどんなふうになっているかを知りたいの」


 マナカはちらりと外を見た。もう誰も手を入れていないのだろう。荒れ放題の庭と、生垣の向こうには結界を超えようとうめき声とともにカリカリと爪を立てるバケモノの姿があった。


「いまはどんな季節なの? 何の花が咲いているかしら。それにいつも聞こえてくるあの声は何? 一体何を言っているのかしら?」


 真っ暗闇の眼窩を外に向けて、ぽつりぽつりと少女は訊ねる。マナカはどうしたものかと悩んだが、庭にあるものを見つけると、ぱっと庭に飛び込んだ。

 次に戻ってきたとき、マナカの手には1本の彼岸花があった。褒めて褒めてとばかりに少女の元へ駆け寄ると、彼岸花を捧げるように差し出した。


「もうそろそろ冬になるから、彼岸花が綺麗だよ。ねぇこの香りがわかる? 庭いっぱいに咲いていて、とても綺麗なんだ。

 あの声は僕の友だちの声さ。ちょっと粗暴だけど、気のいい奴らだから許してあげて。いつまでもこんなところに閉じ込められた君を、心配しているだけなんだ」


 マナカに鼻はないため彼岸花の匂いはわからない。だけど人が幸せそうに花の匂いを嗅ぐのを知っていた。


「そうなのね、私最初は怖かった。とってもとても怖かったの。夜ごと聞こえるうめくようなあの声が。でも心配するだけ損しちゃった。


 あぁ、彼岸花ってこんな香りがしたのね。とってもいい香り。私なんで気がつかなかったのかしら」


 生垣の外から相も変わらずうめき声が響く中、少女は幸せそうに彼岸花を胸に抱いている。マナカは自分まで満たされたような気持ちになっていた。


 その空虚な眼には、一体何が見えているのだろう。鼻腔から流れる彼岸花の香りは、少女の何を癒すのだろう。


 バケモノであるマナカにはそれが理解できないが、絵画のようなその姿の美しさだけが真実だと感じていた。


「ねぇマナカ」


 ほうっと見惚れているところに突然声をかけられたものだから、マナカはビクリと体を震わせ、慌てて少女と向き合った。


「もう冬になるというのなら、もう庭には雪が積もっているかしら? 私ここから眺める雪景色が、とても好きだったの」


 冬が近づき気温が下がってきたとはいえ、暦の上ではまだ秋だ。雪はまだまだ降りそうにないだろう。

 マナカは外を見てぼんやりとそんなことを考えていた。

 少女は外を見て、楽しそうにかつて雪を見たときの昔語りをしている。

 楽しませてあげたいだけなのに、マナカの知る真実は、きっと少女を傷つけるだろう。本当のことを話すのは躊躇われ、どうしたものかとしょぼんと肩を落とすマナカ。


 だがそこでふと名案が頭をよぎった。そうだこれなら。マナカが懐から取り出したのは、あとで食べようととっておいた眼球だった。


「ねぇ君、騙されたと思って、一つこれを目にはめてご覧よ。

 これは僕のとっておきなんだ。雪吹きすさぶ中死んだ女の眼球だから、キラキラ舞い散る一面の雪が見えるだろう」


 マナカはそっと、少女の眼窩に目玉をはめ込んだ。すると目がぎょろぎょろと四方八方へと動き回る。


「まぁ綺麗。雪が光を反射して、白い光の粒が舞っているみたい。

 でも雪って案外怖いものなのね。吹き込む雪が目に飛び込んでくるようで、とてもじゃないけど目を開けてなんかいられないわ」


 少女はカタカタと全身を震わせながら、声を上げて喜んでいる。そんな姿も可愛らしい。気分をよくしたマナカは、次々とお気に入りの眼球を取り出しては少女の眼窩にはめていった。


 それは崖の下で、満開の花咲き乱れる園に倒れ伏していたものだったり、光がカーテンのように差し込む海の底や、あやうく業火に焼き尽くされそうになっていたところをすんでのところで助け出したものまであった。


 目まぐるしく変わる景色に、少女はときに喜び、ときに驚き、ときに悲しそうにとくるくる表情を変えた。少女が笑えばマナカの胸に暖かいナニカが満ちる。こんな時間がいつまでもいつまでも続けばいいと、マナカは満ち足りた気持ちでいた。


「あぁ楽しい。こんな気持ちになったのはいつぶりのことかしら。何十年、いえもしかしたら何百年も独りでいた気がするの。ありがとうマナカ。あなたはとっても素敵なバケモノね」


 でも……。


 少女は何かを言いかけて、ことりと顔を伏せた。マナカは少女が涙を流しているように見えたので慌てて少女に身を乗り出し、その細い体が崩れないように支えた。

 少女のためならきっと何でもできるに違いないのに、何故少女が泣いているのかわからないマナカは、おろおろと狼狽えるばかりの自分が腹立たしかった。


「あなたはとっても残酷なのね。私はここから出られないのに、あんなものを見てしまった。あなたがくれた景色は私の思い出を塗りつぶしてしまったわ。

 あなたがいなくなったとき、私は何を支えに生きればいいの?」 


 さめざめと泣く少女の言葉を聞き、マナカは耳まで裂けんばかりに口を開き、ケタケタと高らかに笑いだした。


「ねぇ君、それなら問題なんて何もない。僕と一緒に旅をしよう。世界にはまだまだ君に見せたい美しいものがたくさんあるんだ」


 少女が自分のことを求めてくれているのが嬉しかった。自分がなければ生きていけないと語る少女が愛おしかった。マナカは少女を、壊れないようにぎゅっと抱きしめた。


「でもそんなことできないわ」


 少女はふいと顔をそらした。


「私は間の巫女だもの。私がここからいなくなったら結界も消え去り、人は皆殺されてしまうから決して出てはいけないと、父さまや母さまにきつく言われているの」


 マナカはそれを聞くと拗ねたように唇をきゅっと絞り、まわりをじろじろと見渡した。

 屋敷はどこも埃や穴だらけの酷い有様だ。もう随分長いこと、人の手が入っていないのだろう。


「もう人は誰も君のこと、憶えても知ってもいやしないよ。

 それに、こんなところに君を独り閉じ込めて平気な奴らなんて、ロクなものじゃない。そんな奴らなんてどうでもいいじゃないか。僕は君のほうがずっと大事だ」


 マナカはそう言って、何かを言いかけた少女の体から、しゃれこうべをそっと外してキスをした。


 少女の小ぶりな顔は、両手で持つとますますその輪郭の美しさがわかる。流れるような頭髪が、さらりと手にかかった。


「これなら小脇に抱えてどこにでも行ける。まずは君が好きな彼岸花を見に行こう。一面彼岸花が咲き誇る、とっておきの場所があるんだ。いい目玉があると、いいのだけれど」


 少女のしゃれこうべを抱えたマナカは、屋敷を飛び出し風のように走り去っていった。以来、二人の姿を見た者はいない。


 少女がいなくなると、残された体は砂のように崩れ去り、屋敷を覆っていた結界もまた跡形もなく消え去った。それを見たバケモノたちは喜び勇んであの世へ向かっていく。きっと今晩は、大きな大きな宴が開かれることだろう。


最後まで読んでいただきありがとうございます。

少し意味がわかりにくかったでしょうか。

評価・感想などお寄せいただけますと作者はとても喜びますので是非お願いします!

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