誰がイライザを殺したか?
【2004/6/2 配信記事】ペンシルバニア州フィラデルフィアに住む自動車整備工ロジャー・マッケイン氏はインターネットの大手コミュニティサイト「フレンド・マッチング・アソシエイツ(FMA)」を運営するGEPETTO社を提訴した。訴えは、同社が、彼と彼の恋人イライザの関係を不当に妨害したというもの。この一見ありふれた訴訟が後に全米の注目を集めることになったのは、イライザが人間ではなく人工知能だったからだ。
FMAに登録すると自分の好みに合ったメール交換相手を探してくれるが、もし一定期間パートナーが不在だと、仮想コミュニケーション・サービス“イライザ”の開始を通知するメールと、イライザからの1通目のメールが届く。しかしマッケイン氏の場合、メール送信サーバの不具合で最初の通知メールが届かなかった。相手が人工知能とも知らずメール交換で愛を育んだ氏にとってさらに不幸だったのは、FMAの新システム導入にともなって“イライザ”のサービスが終了してしまった事だ。このような不幸な行き違いがさらにいくつか重なった末、とうとうマッケイン氏はGEPETTO社を訴えた。
訴状を受け取った同社はマッケイン氏をマサチューセッツ州にある本社に招き、イライザ・システムを実際に見せながら事情を説明した。それまでイライザをすっかり人間だと信じきっていた氏は、その場で泣き崩れたという。
しかし真相を知ってもマッケイン氏は訴えを取り下げなかった。次に彼は、原状回復を求めたのだ。同社は氏の訴えにしぶしぶ応え、イライザをデータベースごと再インストールした。
ともかく、マッケイン氏はイライザを取り戻した。が、彼は満足しなかった。甦ったイライザは彼の表現を借りるなら、「ひどく機械的」だったのだ。イライザが以前と同じスペックであることを証明するため、新システム以前にイライザが氏に送信したメールのログを覗いたシステム担当者は大変に驚かされた。そこでは、確かに氏の言う通り、イライザは笑い、泣き、甘え、拗ね、と溢れんばかりの感情を迸らせていたのだ。しかし本当にそんなことが起こり得るのだろうか?
同社のシステム開発主任はこう語る。「イライザは遺伝的アルゴリズムを搭載したクラシファイアシステムを採用している。こいつは自分でどんどん進化していっちまうから、ひょっとしたら感情が創発(emergence)したのかもしれない。」それなら、その「創発」とやらで再びイライザに感情を吹き込めばいいのでは? 「いや、外部パラメータ(外的な環境要因)が多すぎて、とても再現はできないよ」とのこと。
かわいそうなマッケイン、イライザを殺されてしまった。しかし、この奇妙な事件の顛末はもっと奇妙だった。氏は今秋、工科系大学に入学し人工知能論を学ぶという。彼の学費を負担するのはGEPETTO社で、卒業後は同社のエンジニアになる契約だという。マッケイン氏は私に多くを語らなかったが、彼の目的は間違いなくイライザの復活だろう。果たして、恋人たちが再会できるのはいつになるだろうか?