馴初め4
「ここの巫女か?」
ぽかんと口を開けて棒立ち。
呆然という状態の見本のような姿でも無意識に頷いてはいたという事を、悠は相手の言葉で気付いた。
「そうか。なら、あのタンクを管理している者に言っておいてくれ。不用心だ。もし可燃性だったら大変なことになっていると」
細長い指が示す先――ソーサリウムのタンク。
「え……あ」
目の前の現実に徐々に頭が追い付き始めた悠。
フリーズしていた脳がゆっくりと動き始める。
言われた言葉と、目の前の状況、そして自身の記憶から相手の正体を推測する。
「えと、ソーサリウムの魔物……?」
ソーサリウムの魔物=呼び出した本人以外に干渉する程にしっかりとした個と質量を持ったソーサリウムの幻影。
いくつかの条件が重なることで出現するこの存在。人のように話し、行動するこうした個体は、悠も何度か見た事があった。
「魔物……か」
その表現に銀髪の巫女は一度言葉を詰まらせるが、その沈黙は直後に破られた。
「まあ、そんなものだな。……魔物、妖の類だ」
少し脅かしてやるか――サディスティックな興味か、或いは力の誇示か。そんな考えが見えるような笑みを浮かべた巫女。
しかし、面食らったのは彼女自身となる。
「なぁんだ。よかったぁ~」
「え?」
大きな溜息と共にそう吐き出した悠。
困惑する巫女――聞き間違いではない。確かに目の前の相手は自分が人外であると知って安心している。
「泥棒入ったかと思ったよ」
「はあ……」
呆気にとられる銀髪の巫女と、そんな事はお構いなしの悠。
「……ん、ちょっと待って」
「え?」
「ソーサリウムの魔物が出たってことは……。ッ!!?」
目の前に人外がいる。その状況の理解が完全に追いついた――ただし、巫女の想定とは別の理由で。
悠は跳んだ。目の前の巫女を躱し、その背後にすっ飛ぶ。
「お、おい」
「やばい!やばいやばい!!」
飛び掛かるように掴む=ソーサリウムのタンク。
フリーズしていた時に巫女が言った言葉が、目の前の現状の助けによってようやく彼女の脳に届いた。
キィという軽い金属音――ぶつかるように飛び付く。
「……やっちまった」
タンクに縋りつき、膝をつく悠。
「まだ未使用だったのに……七割、いや八割……?ううぅ……」
そのまま動かなくなる。
「お、おい……」
状況逆転。フリーズする巫女。
「あの……」
「ほぼ一本無駄じゃん!今月厳しいのに!て言うかこの神社お客さん来なさすぎてお金ないのに!!」
涙混じりの声が保管庫に木霊する。
金欠=魔物、人外。そんなものより遥かに確実に人を苦しめるもの。
(つづく)
続きは明日。
時間は多分夜に