馴初め3
祈祷を終えると、次には在庫管理だ。
と言っても保管庫奥に置かれているソーサリウムの残量確認だけだが。
人の背ほどもある金属製のタンク。プロパンガスのようなそれの頭についた栓を少し捻ると、シューッと僅かにガスの漏れる音が聞こえる。
「よし。異常なし……っと」
正常に中身が出ることを確認し、残量のインジケータもほぼ満タンを示しているのを確かめると、それで終わり。
「さて……」
小さく声を上げながら、そのタンクの足下に置かれている代物に目を落とす。
他の遺品と混じらないよう、保管庫のどん突きに一つだけ置かれた古い刀。
前任者がここに来た時には既にあったというそれは、何でも多くの刃傷沙汰に関わったいわくつきのものらしいのだが、見た目はどこにでもある――ものがものなのでそう言うと語弊があるが――黒鞘と黒い柄糸の打刀だ。
「妖刀ねぇ……。そんなもの本当にあるの?っていうか、刀って置いておくの免許とか要らないのかな?……まいっか」
いつからあるのか、誰が置いていったのかすら分からない古びた妖刀。
売ってもたいした値段はつかない――前任者の発言が経験によるものなのかどうかの方が、いわくよりも悠には気になった。
――それが故かどうかは分からないが、彼女は気付かなかった。タンクの栓が完全には閉まりきっていなかったことに。
翌日、同じような天気の中、同じように欠伸をして汗を流しながら、同じように悠は小屋から保管庫に入る。
同じように祈祷をするためにその扉を開け――いつもと違うものを見た。
「……え?」
窓のない保管庫の中が何故か明るい=灯りがついている。
消し忘れ出なければ誰かがつけた。悠以外の誰かが=何者かが侵入している。
そこまでの思考をたどる時間もなく、目から飛び込んできた新情報に脳が釘づけにされる。
保管庫の一番奥に誰かが蹲っている。自分と同じような巫女装束をまとった、銀色の髪をした人物が。
「ぁ……」
人間、本当に驚くと声を上げることも出来なくなる。
目の前の現実は既に変わっているのに、頭の中は昨日までの日常から抜け出す事が出来ない。
その見慣れぬ銀色は、扉を開けた人物に気付く様子もなく立ち上がると、すぐ横にあったタンクに目をやる。
「ああ、これか……」
一人合点がいったように呟くと、そこで初めて視界の端に誰かがいることに気が付いたようだった。
「うん?」
「あ……」
侵入者=悠に向き直る。
腰まである銀色の髪が動きに合わせてサラサラと動く。
160cmちょうどの悠より10cmは大きいその人物はしかし、その顔立ちとプロポーションから女性――それも、同性からは嫉妬と羨望、異性からは好意を持った眼差しを向けられる――だと分かる。
「ぁ……ぇ……」
パニックに棒立ちしたままの悠。
どくどくと自分の脈だけが異常に響いている彼女の耳に、滑るように近づいてきたその銀髪の巫女の声が入り込んだ。
(つづく)
予定前倒しで投稿します。続きは明日。
尚、明日は19時に予約投稿の予定です。