寒さ、疲労、少しの油断11
「顔も赤くなってきている」
「えっ、あっ、いや……うん……」
その本当の訳を当の本人に言う事も出来ない理由もまた。
「とにかく、今日は休め。なんの用事もないんだろ?」
「え、まあそうだけど……」
額を離しながらそう結論付ける妖刀。
相手の反応を傍目に時計を確認する。
「まだ開いてはいないか……。朝一番で病院行って、その後はゆっくり寝ていろよ」
「う、うん……」
「朝飯は食えたようだから吐き気はないのだろう?他に症状は?」
「え、喉が痛いのと熱があるのと寒気が少し……鼻も詰まっている……かな?」
特に動じる事もなく淡々と確認していく妖刀。
悠がイメージしていたような小言の類は飛んでこない。
(まあ、それなら有難いけど……)
わざわざ藪をつつく必要もない――そう考えて大人しくしようとぼんやり重い頭で判断する。
「成程な。じゃあ時間まで楽にしていろ。ああそれと、一応行く前に熱は測っておけよ。病院一人で行けるか?」
「……子供じゃないよ」
流石にそれには反応した。
自己管理の出来ない辺り子供のようなもの――言い終わってからそう返される可能性が頭をよぎったが、その予想も外れ。
言われた通り薬箱から体温計を取り出す。
もう一度椅子に腰かけ脇の下に挟み込むと、不思議とさっきより症状が軽くなったような気がした。
「38.3℃か……。やっぱり結構あるな」
電子音に促されて取り出したそれを横から妖刀が覗き込む。
「保険証と診察券持ってきたぞ。9時から開始だ」
机の上に置かれたそれ=去年一度だけかかった時の物。
「温かくしていけよ。今日は寒いしこの天気だ。濡れないようにな」
「うん……ありがとう」
それは安心からくる気の緩みか、或いは万全でない体が限界に来ていたのか、湧き上がってきた言葉を遮るものはいつの間にか無くなっていた。
「……どうした?」
妖刀が相手の僅かな微笑みに気付く=それが口を突く前の露払い。
「……怒られるかと思った」
「怒る?私が?なんで?」
音節ごとの疑問形。その声に怒気はない。
「『だらしなくしているからだ』とか『自己管理が出来てない証拠』とかって」
その答えに返したのは失笑。
「冷たい女だと分かってはいるが……、病人を怒鳴りつけるほど冷酷でもないつもりだがな」
「いや、妖刀ちゃんは冷たくなんて……」
「それに、原因が分かって痛い目を見ている相手にそれをわざわざ指摘する必要もないだろう?それじゃただの嫌がらせだ」
「……すいません」
思っていない訳ではなかった。
ただ、その口調に責めたり咎めたりする様子は全くない。
傍から聞けばいつも通りの口調。或いはそれが故に強い非難と取られるかもしれないそれ。しかし、これまでの付き合いから悠にはその真意は分かっている。
「「フフッ」」
二人同時に漏れた笑いは意思疎通の証拠。
「神社の事は任せておけ。ゆっくり休んで早く良くなれよ」
「うん。ありがとう。それと、ごめんね」
それに対する言葉はなく、ただ小さな笑いと、肩にポンとふれた掌の感触だけ。
しかし柔らかいそれはただそれだけで、悠の気持ちを軽くするのに十分だった。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に。
なお、明日はいつも通りの投稿を予定しております。




