プロローグ5
「いいんじゃない?それで」
「うん?」
「知らぬが仏だよ。それで救われたり安心できるのなら、それでいいと思うよ」
いつもと変わらぬのんびりとした声。
「死んだ人の事は分からない。私達は生きている人間にしか関われないんだから、それなら生きている人が幸せに暮らせるようにするのが一番いいんじゃないかな」
「そう……かもな」
その答えを聞いた妖刀の声もまた、その表情と一緒に穏やかなものになっていた。
「死んだ人がどう考えているのか、そもそも本当に死後の世界なんてあるのか。それは誰にも分からないよ。でもさ、今目の前で生きている人は確実にいる。なら、その人の親しい人が死後も会いに来てくれる、一緒に話す事が出来るって思えたら、多分幸せなんじゃないかな?本当は死んだ人が何を考えていたかは重要じゃない。生きている人が幸せならそれでいいじゃん」
暴論かもしれないが、出鱈目でもない。
死人に口なし=冷酷だが事実だ。
「そうか……。そういう考えもあるか」
少し恥ずかしそうに目を伏せながら、悠は妖刀の声を頭上に聞いていた。
「……まあ、爺ちゃんの受け売りなんだけど。そんなに納得されると照れるねぇ……エヘヘ」
「いや、お前の癖に色々考えているんだなと感心していたんだ。やっぱり元ネタがあったか」
「はぁ?何それムカつくんですけど!?」
きゃいきゃい騒ぎながら先程までいた小屋の方に戻る二人――騒いでいるのは主に片方だが。
午前中の客は今の一件だけの予定だ。
時間はまだ午前10時を少し回った所。こうして生まれる空き時間は大体一日に一回はあるが、その際には悠の日課に利用される事が殆どだった。
「さてと……」
今日もその例外ではなく、彼女は一人小屋の奥に続く保管庫へ向かう。ずらりと先程の女性のような契約者から預かっている大小の遺品が納められたそこへ。
(知らぬが仏ねぇ……)
その後ろ姿を見送りながら、妖刀は掃除を再開する。
(ならどうして誰が見ている訳でもないのに、一日も欠かさず死者への祈祷なんかしているのやら)
下瀬悠。「反魂さん」と俗称されるこの時代の巫女。
神秘は新物質に置き換えられ、信仰は科学によって解明され、宗教が技術となった時代に、彼女は今日も神秘が神秘であった頃の祈祷を行う。
「お……またか」
鳥居にくくりつけられている看板=反魂・お祓いご相談ください――何故かよく曲がっている――をもう一度しっかりと縛り直す。
それから竹箒の立てる音に混じって微かに聞こえてくるその声を聞きながら、彼女の同居人は微笑みを浮かべ、冷蔵庫の状態を思い出しながら昼飯には少し美味い物を作ってやろうかなどと考えていた。
(つづく)
本日はここまで
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