お伝えする事項7
どことなく――自身の所有する物件なので当たり前ではあるが――張りつめたようにも疲れた様にも聞こえる声=余計に悠の苦手を加速させる。
「木造の二階建てで3LDK、幽霊が出ると言われているのは一階の洋間なんです。日は当たると思うのですが、昼間でも出たと……」
「そ、そうですか……」
特に肯定も否定もしない――口では。
だが、頭の中では彼女がソーサリウムについてほとんど詳しくないだろう事を今の言葉で察し、今日の方針を決めていた。
ソーサリウムに日光の多寡は関係ない。妖刀が昼間でも外にいられるように、日中でも条件さえ揃えば幻影は出現する。
(やっぱり、本当に幽霊だと思っているのね)
心の中で呟き、膝の上に抱えたバッグに目を落とす。
(持ってきておいて良かった)
視線を向けたのはバッグのサイドに着いたチャックつきのポケット。
中には折れたり丸まったりしないようクリアファイルに入れたお札が何枚か。
依頼人はソーサリウムについてはほとんど無知だ。であれば、現場で色々説明するより彼女に分かりやすい形で示した方がいい。
その考えから、悠はこれまでほんの数回ではあるが請け負ったお祓いには必ずお札やお守り、小分けにした塩などを持ち込むようにしている――実家時代に覚えた装備。
適当に誤魔化しているのか、安心させるための心配りなのか。本人としては後者のつもりだ。
「ここです」
そのやり取りから少しして、車は一軒の家の前に停まった。
まだ築浅の二階建て。向かって右には同じような別の家。左側は人の腰位までありそうな草むらを挟んで、一段低くなった空地。
車を降りて見上げると、道に面している二階の窓にほんの僅かな隙間だけをあけた白いカーテンが引かれていて、この家のいわくを知っていると灯りの消えた建物から一瞬顔が覗きそうな感覚を覚える。
とは言え、そんなものただの錯覚だ。実際にはありはしない――自分の素直な感想にそう言い聞かせて依頼人の後を追う悠。
彼女とて、全てのオカルトを完全否定できる訳ではない。
むしろ、ソーサリウム関係者の中には、オカルトや伝承の完全否定派と同じぐらいには完全肯定派がいる。
ソーサリウムという信仰を具現化する科学を知ってしまっているが故に、それで説明が出来ないものについては超自然に違いないという訳だ。
「こちらです」
「……失礼します」
そのどちらでもない悠も、依頼人に続いて家にあがった瞬間は、肯定派に傾きつつあった。
玄関からまっすぐ伸びる廊下。西側=空地側に向かって伸びるその先には件の部屋と思われる場所の扉。
その途中の左右にもそれぞれ形の違う扉があり、その手前右側には二階に上がる階段が、玄関からでは分からないところまで伸びているのだろう。
綺麗で、静かで、寒々しくて陰気。それが第一印象だった。
(えっ、何これ……)
そしてもう一つ。
「……臭い」
思わず声が出てしまう妙な臭い。
「やっぱりそうですよねぇ」
「えっ!?あ、あの……っ、すいません」
苦笑交じりに同意する依頼人。慌てて謝る悠。
「いえいえ。私も臭いと思っていますから」
そう言って彼女は先に上がりながら、すりガラスの入った左側の扉を示した。
手前と奥の二枚。それぞれ大きさは違うが、デザインはよく似ている。
「こことここ、お風呂場とキッチンなんですけど、今水止めているからね。臭いがどうしても上がってきちゃうんですよ」
「あぁ……、そういう事でしたか」
その説明を聞き、それから二人で顔を見合わせて少し笑う。
臭いでしょう。フフフ――ただそれだけのやり取りだが、悠はなんだかものすごく久しぶりに笑った気がした。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に
明日も同じぐらいの時間に投稿予定です。




