お伝えする事項6
「家族か……そう言えば一回も里帰りしてないな」
悠の声が夜空に響く――里帰りなんて距離もないけどね、と付け足しながら。
そしてその自分の言葉に、これまで碌に連絡も入れていなかったことを思い出す。
「仲悪い訳じゃないんだけど……不思議なものだよね」
「どうした?ホームシックか?」
尋ねながら、しかしその様子が無いという事はある意味では実家暮らしである妖刀にもなんとなく予想がついた。
「うーん……。そうでもないかな」
その予想通りの答え。
だが、その後に続いた台詞まではそうはいかなかった。
「今の暮らしも結構楽しいし、それに妖刀ちゃんも家族みたいなものだしさ」
「ッ!?そっ、そう……か」
突然の悠の言葉。妖刀は屈託ない笑顔と共に突きつけられたその言葉に驚き、そこまで驚いた己自身にも驚いていた。
「どうしたの?」
「い、いやっ!何でもない」
どきりとした。しかし不思議と嫌な感じはしない。忘れていた大切な用事をすっぽかしてしまったと気付いた時のそれとは大きく異なる、明るく、不快感の無い驚き。
(何を驚いているんだ私は)
その感情の正体が分からないまま、そしてその事を、それをもたらした張本人に聞く事も出来ずに相方と一緒に鳥居をくぐった。
翌朝。
「じゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃい。……本当に一人で大丈夫か?」
社務所の前。この会話だけ聞けば、幼い我が子を初めて一人で外出させる母親のようにも聞こえるかもしれない。
しかし実際は違う。
言われているのがこの神社の巫女長。言っているのはその助手の巫女だ。
二人ともいつもの巫女装束だが、巫女長=悠はスポーツバックを襷がけにしている。
あまり似合わない――妖刀が前日にそう言った際に「お坊さんだって袈裟で原チャリ乗るんだから大丈夫」とよくわからない理屈で返したそのバックには、普段反魂で使用するソーサリウム濃度計と、こちらは普段は埃をかぶっている浄化剤。それに数枚のお札が収められている。
「……釈迦に説法かもしれんが」
その悠に妖刀は言いづらい様子で漏らす――どことなく硬い表情で。
「自殺現場だ。ショックな物を見るかもしれないぞ」
今日これから向かうのは八木湯。そこで八木芳江=昨日の番台の女性と合流し、彼女の車で件の物件に向かう。自殺のあった物件に。
「大丈夫だって。それじゃ、行ってきます」
踵を返して鳥居を出ると、昨晩と同じ道を辿って八木湯へ。昨日は夜だったこともあって薄暗く人通りのない道だったが、昼間はその限りでもない。
静かで落ち着いた、昔ながらの住宅街。昼間の印象はそれだ。或いは人の目など、ただ日の出ているか否かによって判断しているのかもしれない。
そんな住宅街の中にある銭湯の前。依頼人は道に出て悠を待っていた。
「お待たせしました」
「今日はよろしくお願いいたします」
簡単に挨拶を済ませ、依頼人の車へ。
カーラジオもなく、静かなエンジン音だけが車内を包んでいる。
(気まずい……)
悠がお祓いの類が苦手なのには、こういう空気への抵抗感も係っている。
祈祷の際の静けさとは違う重苦しい沈黙。ネガティブな雰囲気と、これからその根源に向かうという精神的な負担。
それらから少しでも逃れるために努めて明るい声を出そうとする。
「え、えっと、本日はお日柄もよろしく……」
だがアホ巫女呼ばわりは伊達ではない。そうそう上手い事思いつくものでもない。
(いやいや違うだろ!何言ってんの私!結婚式とかじゃないんだから……)
「……今から行く家は」
「えっ、あっ、はい!」
静かに切り出したのは依頼人の方だった。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に。
明日は20時頃の投稿を予定しております。




