お伝えする事項5
話がまとまった後――ついでに言うとコーヒー牛乳を堪能した後――二人は冷たい風の吹く道を戻っていく。
「なあ、やっぱり明日の件、ソーサリウムの幻影だろう?」
「うん、多分そうだと思うけど」
「それなら専門じゃないか」
先程のやり取りで妖刀が感じた疑問はそれだった。普段の悠なら特に何も気にせず引き受けただろう。
不思議そうに尋ねる妖刀に、悠は小さくばつが悪そうに答える。
「……お祓いは苦手なんだよぅ。出来なくはないってだけで」
「苦手ねぇ……」
そう言われて妖刀は夜空を見上げる。
鳥居の立て看板には『反魂・お祓いご相談ください』とお祓いについても触れているが、これまでそっちの方は滅多に依頼が来ていなかった。
「でも、ソーサリウム取扱い主任ってのは、お祓いというか、ソーサリウム除去も出来なきゃ取れない資格なんだろ?」
「テストの時は及第点ギリギリ。今では出来るようにはなったけど、反魂ほど得意じゃないし……。巫女としてもお祓いって難しかったし……」
小さく溜息交じりに吐き出されたその声に、妖刀は新たな疑問をぶつけた。
「巫女としても?やった事あるのか?」
この時代、大戦前のようなお祓いや除霊とソーサリウム関係の除去技術とは、怪しげな民間療法と医者の薬ぐらいには差がある。
それを知らない妖刀ではない。
「直接やった訳じゃないけど、実家神社だって言ったでしょ?真似事ぐらいはお手伝いでやった事はあるよ」
私も家族も霊感なんてないけど、と付け足す。
それがおちであるという演出のように、ぴゅうと音を立てて風が吹き抜ける。
「家族か……。そう言えば聞いた事なかったな」
「私の家族?大して変わった所はないよ。私とお父さんとお母さん。あと胸毛」
「は?」
矛盾――大して変わった所はないという発言の直後に出た名詞。
流石にそれが世間一般の認識であることが分かるぐらいの常識は悠にもある。
「ああ、胸毛っていうのは犬の名前。中学生の頃拾って来た雑種犬なんだけどね、よくお父さんの胸毛に飛びついてじゃれていたから胸毛って名前になったの。今でもまだまだ元気だよ」
「なんだそれ……」
常識はある。だが、幼少期から培われた感覚とのずれを完全になくすのは不可能だ。
(という事はこいつの親父さんは上半身裸で犬と戯れていたのか……)
イメージする。
二十歳の娘がいる父親ということは、それなりの歳の男だ。
そのいい歳のおっさんが上半身裸になり、胸毛にじゃれ付く犬と戯れる。
(気持ち悪……)
口には出さない。
人の家族を悪く言うものではない――妖刀にもその常識はある。
だが、思うのは自由だ。
「妖刀ちゃん?」
完全にそれを表情から消すのは難しいが。
「いや、と、とにかく!明日は気張っていけよ。苦手なら尚更」
「うん。大丈夫。とりあえず明日は様子見と必要なら応急処置だけして、それ以上必要なら漆原さんにでも相談するから」
漆原さん=綾篠神社にソーサリウムや関係備品を納入している伊集院化学の担当営業マン。
悠が相談相手にする人物は主に二人。そのうち、ソーサリウム関係はほぼ彼の担当となる。
「まあ、それがいいだろうな」
彼が担当する分野以外全てを賄うもう一人の相談相手は相方の考えに同意し、すれ違った犬を散歩させている初老の男性の姿によみがえった胸毛の紳士を頭から排除した。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に。




