お伝えする事項1
綾篠神社の社務所。境内の片隅にぽつんと立つ木造二階建て。
一階の大部分は看板に偽りなく社務所として使用されているが、二階は悠と妖刀それぞれの私室と、洗濯物を――境内から見えないように――干すためのバルコニーが設けられている。
その二階に通じる階段を下りたすぐの所にあるのが小さな居間――そう呼ぶべきか、ただの狭い和室と呼ぶべきかは分からないが。
その隣が妖刀の第二のテリトリーとも言うべき台所。
そしてその更に隣、トイレと洗面台に隣接した場所に、妖刀は屈みこんでいた。
「あー……」
何か納得したような、或いは諦めたような声を出しながら満々と湛えられた水に手を突っ込む。
年季の入った風呂場。その浴槽に張られたのは水。
ガスはしっかり入っているのに、だ。
「どうしたの?」
声を聞いてきたのか、屈みこんでいる妖刀を上から覗き込む悠。
彼女を見上げるようにしながら視線で浴槽を指しつつ一言で答えた。
「今夜は銭湯行こう」
流石にこの季節に水風呂は入れない。
その一言で状況を察した悠。それでも自分も手を突っ込みたくなるのは不思議な性と言うべきか。
「うわ、本当だ。えー……マジかー」
「まあ中々にボロいからな。寿命だろう」
妖刀は最早意味の無くなったガス給湯器の温度表示を見ながら、溜息交じりにそう言って風呂場を離れる。
「とりあえずガス屋には電話しておこう。……この時間、まだ繋がるかは分からんが」
「うん、お願い。……あー……出費が嵩むなぁ」
それから少しして、それぞれ私服に着替えた二人はすっかり暗くなった石段を注意しながら降りていった。
向かうは町の中心部に向かって少し歩いた場所にある八木湯。神社から十分もかからない距離だ。
「銭湯なんて何年振りだろ」
「まあな。今じゃあ中々行かないからな」
銭湯に行くとなると日本全国で行われるだろうやり取りを例外なく交わしながら、めっきり冬になった風に早足になる。
人の背よりも高い塀の古い民家に挟まれた目的の場所。細い路地に面している八木湯は、その塀とその後ろから生えている庭木によって狭く薄暗い印象を受ける路地にあって、それが唯一の光源であるかのように浮かび上がっている。
併設されたコインランドリーの前を通って中へ。絵に描いたような古い銭湯。
だが、意外と言うかなんというか、中はそこまで古めかしくはない。広い脱衣場には大型のロッカーと長椅子を複数置いても十分な広さがあり、外観を見なければ老舗の銭湯というよりも最近のスーパー銭湯にも思えるだろう。
「うわっ静電気!」
パチパチと音を立てるセーターに答えるような悠の声。
「もうすっかり冬だな」
一足先に脱ぎ終えた妖刀はその長い銀の髪を持ち上げ一つに纏めている。
「……」
「ん?どうした?」
その過程で両腕を上げた姿勢になった彼女は、訝しがるような悠の視線に気づいた。
「いや、別に……」
「?」
答えながらしかし、妖刀が他所を向いた時にはもう一度彼女を見る――正確にはその胸を。自分のものと見比べて。
「……なんか不公平だ」
彼我の差:大人と子供。
(つづく)
新章始めます。安直なまでのお風呂回で。
続きは明日に。




