偶像崇拝8
翌朝。
いつものような朝のやり取り=妖刀が朝食を準備し、悠を叩き起こし、本殿を開け、もうそろそろ落ち切るだろう落ち葉を掃く。
爽やかな秋から冷たい冬のそれに変わりつつある風が長い銀色の髪を揺らす。
午前中は来客が9時に1件あるのみ。
これまで何度もあったいつもの穏やかな午前。
そして昼を挟んで午後。初めてのケースとなる依頼人が到着した。
「お待ちしておりました」
悠が出迎えると、昨日と変わってリュックサックを背負った依頼人が同じく深々と頭を下げる。
「本日はよろしくお願いします」
小屋へ案内。
反魂料――要するに料金を徴収すると、件のノートパソコンがリュックサックから姿を現した。
昨日彼と交わした契約書と同等かそれより少し大きな黒い板。
パソコンについて詳しい訳ではない二人だが、そこにケーブルの類が一切ない事には気が付いた。
「えっと、電源はどうしましょうか?」
そこまで考えていなかった事を反省しながら尋ねた妖刀だったが、男は小さく首を横に振った。
「いえ、今朝バッテリーを最大まで充電してきましたから、恐らく反魂中は持つと思います」
流石に用意周到だ。
そのパソコンを悠が預かる――ベルボーイか宝石商かのように丁寧に。
「では、準備の間こちらでお待ちください」
そう告げて、奥の保管庫に向かう悠。
部屋を辞する際には一礼――普段はよく忘れるがこういう時は流石に欠かさない。
保管庫内は妖刀と出会った日からほとんど変わっていない――「閉栓確認は確実に!」の手書きポスターが貼られている以外は。
「さて……」
その保管庫の一番奥。
かつて妖刀の本体が置かれていた場所の対面にあたる場所に設けられているブースに向かい合う。
学校で使われるような机の三方を仕切り板で囲っただけの簡単な作業ブース――実際天板下には作業用の道具が各種収められている。プラモデルに詳しい者が見れば、塗装用のブースを思い起こすだろう作業台だが、正面にある仕切り板に張り付けられたソーサリウム濃度計がこの場所の存在理由を物語っていた。
そこに預かったパソコンを置くと早速作業開始――の前に大幣を手に取り、さらさらとそれを振るって祈祷を始める。
誰が見ている訳でもない。ソーサリウムの作用にもなにも影響しない。
しかしそれでも、ソーサリウムを用いる前のこの祈祷を彼女は欠かしたことはない。
誰に理由を明かすでもなく、恐らく誰も見た事のない程に真剣に。
「……よし」
とは言え、あまり時間をかけるわけにもいかない。
祈祷を終えるとソーサリウムのタンクにゴムチューブを繋いでブース内にノズルを引き込む。
ノズルの先端には散水ホースのようなトリガーが取り付けられており、タンクの元栓を捻ればそれを引いている間だけソーサリウムを吹きつけることができる。
念入りにタンクとの繋ぎ目を確認すると、プシュッと軽い音を立てて試し吹きを行い、それから預かっているノートパソコンに吹き付けた。
勿論ブースの外に漏らさないよう、パソコンは極力置いたまま、仕切り板より低い位置で作業を行う――妖刀のような存在が他の保管品から発生すると面倒だ。
(つづく)
今日はここまで
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