偶像崇拝6
「「……は?」」
思わず声が漏れる。
予想外――というか、理解不能。
「えと……、ご本人の、つまり光野宙のパソコンを、という事ですか?」
「はい。ご家族には既に連絡しておりまして、許可も頂いております」
(パソコンを借りられる……?)
理解できない妖刀。
(そんな関係にいるなら本人に会えるだろうに。いや、彼にしてみればそれは本人ではないのかもしれないが……)
そこまで考えたところで一つの可能性に行き着く。
今まで依頼の珍しさに気が回らなかったが、考え得る――そして恐らくかなり確立の高い――推測。
「実は私と光野宙……ああ、正確に言えばその演者ですが、彼女とは同僚というか先輩後輩の関係という事もあって、お互いの事を知ってはいるのです。彼女が今どこで何をしているのかも」
その推測を先読みしたかのように男は説明する――照れているような笑みと共に。
「守秘義務は守って頂けるんですよね?」
「ええ、勿論です。一切他言致しません」
食い気味の悠。仕事上知っておくべき情報か、或いは単に個人的興味か――その姿を見れば一目瞭然。
「彼女は引退してすぐ渡米しました。元々向こうで音楽の勉強をするという夢があったそうなのです」
「ああ、そう言えば配信でもよく歌ったりしていましたね」
悠が納得したような相槌を入れる。
「それで単身渡米し、去年現地で知り合った男性と結婚したのだそうです。写真も送られてきました」
「えぇ!?そうだったんですか!?」
(こいつ、完全に野次馬根性だな……)
隣から白い目を向けられていること等気にも留めず、テーブルに身を乗り出す悠。
男も満足げに頷いて続ける。
「ええ。向こうで幸せに暮らしているそうですよ。ファンとしては寂しいですが、それ以上に二人の幸せを願っています」
作業を終え、カーボンコピーのそれをはがして片方を相手に渡すと、それで取引はお終い。後は明日、約束の時間に彼が憑代と代金を持参すればいい。
「では、明日はよろしくお願いします」
深々と少し薄くなりつつある頭を下げ、先程まで迷っていた鳥居をくぐった彼を見送る。
「さて、午後の予約は……っと、……あ」
「うん?……ああ、そうだった」
すっかり忘れていたビールケースに目をやる。今度は慎重に――の前に脚立を探す所から。
その夜。
(……もし、私の考えている通りなら)
見るでもなくテレビを眺めながら妖刀は考える。
議題は昼間の客。明日憑代を持ってくることになっている彼だ。
「どうしたの?怖い顔して」
「ああ、……いや、なんでもない」
推測を披露しようとして打ち切る。
知らぬが仏。知った所で何か現状や明日の予定が変わるでもない。
代わりに窓に映る自分の顔を睨みつける。
「私の顔ってそんなに怖いのか?」
「うーん……。そう見える時もあるかな」
答えながら悠はちゃぶ台に置いたノートパソコンの画面を覗いている。
「そうか……」
ソーサリウムの幽霊に性別があるのかは不明だが、今の所周囲――怖く見えると言った本人含めて――は見た目通りの性別として扱っているし、本人もそういう認識でいる。肉体的にも人間のそれと同じだ。
であれば、当然その辺は気になる所だろう。
そんな彼女の気持ちを知ってか知らずか、発言者はパソコンを慣れた手つきで操作し、そのモニターに向かってお手本のように顔をほころばせた。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に
尚、明日は20時頃の投稿を予定しております




