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偶像崇拝5

 (成程、そういう事か)

 この依頼人の目的がなんとなく分かってきた。

 (だが、いいのかな……。それで)

 二人の話を聞きながら、妖刀は既に湯気を立てなくなった男の前の茶に目を落とした。


 「私は何とかしてもう一度彼女の配信を、元気に動いているあの光野宙を見たいのです」

 男の言葉=妖刀の考えた通り。


 (言わない方が私達には都合がいいのかもしれないが……)

 ちらりと相方を見る。

 彼女が相方を尊敬する数少ないポイントである真摯な態度で依頼者の話に耳を傾けているが、彼女の気にする部分については切り出していない。

 その姿が、不意に彼女が以前口にした言葉を思い起こさせた。

 (知らぬが仏……だな)

 ソーサリウムが生み出す幻影はあくまで誰かの理想像の投影に過ぎない。


 ふと、気になった。

 もし彼がその事実を知ったとしたらどうするのだろうか。

 或いは失望して今回の依頼をキャンセルするかもしれない。

 また或いはそれでも構わないと続行するかもしれない。


 もしくは、そうもしくは、それを好都合と喜ぶかもしれない。


 (最後のは流石に失礼か)

 頭の中から削除する。それは相手を蔑む想像だ。

 それに、むしろ喜んでくれた方が絶望されるよりもいい――商売的にも精神的にも。


 (ともかく、ファン心理というものは良く分からん)

 根拠もなく相手を蔑むような想像をした自分に嫌悪感を覚えたのもあって、己に宣言して想像を打ち切った。

 依頼者が幸せならそれでいい――以前に相方が言っていた考えに従えば。


 その間に、二人の話は既に成立しているようだった。

 「明日ですと午前10時以降はいつでも可能です」

 「では、午後1時でもよろしいでしょうか?」

 「畏まりました。では、明日の午後1時にお待ちいたします。その際に憑代となりますものをお持ちください」

 商談成立。

 それを意味する悠の言葉を合図に妖刀は立ち上がり、キャビネット内の書類入れから白紙の契約書を持って戻る。


 「では、内容をご確認の上こちらにご署名、ご捺印をお願いします。それと、確認させて頂きたいのですが、明日お持ちになる憑代はどういったものでしょうか?」

 決して大きい神社でもないし、車を止めるスペースもない。裏手の道なら止める事も出来るが路駐のためおおっぴらに進めることは出来ない。一番近くの駐車場でも少しは歩く。

 このため、あまり大きなものだと持ち込むのに苦労する。


 「ああ、ノートパソコンです。これぐらいの」

 そう言って男は両手の指で空中に長方形を描く。そのサイズが正確なら今彼が捺印した契約書とそうそう大差はない。

 「かしこまりました。ご自身のパソコンですね」

 (それで出来るのか?正直怪しいな)

 やり取りを聞きながら妖刀は考える。

 毎日そのパソコンで配信された動画を見ていたという事だろうが、それだけでは十分な思念が込められているかは難しい。

 一般に、呼び出す対象との関係性が薄くなると思念が込めにくくなる傾向がある。そのパソコンに光野宙との特別な思い出でもない限り成功率は下がる。


 だが、そんな懸念は次の一言で――正確にはその一言のもたらした衝撃で――吹き飛ばされてしまった。

 「いえ、私のではありません」

 「え?では――」

 「彼女の家族に許可を頂いて、演者が投稿に使用していたものをお持ちします」

(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

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