偶像崇拝4
「は、はぁ……」
理解が追い付いていない悠。
先程聞いただけで飲み込んだ妖刀が引き継ぐ。
「それは、光野宙の演者を反魂で呼び出すということで良いのですか?」
だが彼女も真意をくみ取れてはいなかった。
「いえ、そうではないのです」
「え?」
「そもそも、演者とキャラクターは別物でありまして、この業界においては公然の秘密と言いますか、光野宙なら光野宙という人物が存在するという事になっておりますので、演者という概念はそこには存在しません。勿論実際には架空の存在ですから誰かが声を当て、キャプチャーするべき動きをしている訳ですが、それは言わばテレビドラマの登場人物と演じている役者の関係に近いのです。つまり……」
それまでと同一人物だと言って、誰が信じるか。
本人もその自覚はあったようだ――気付くのが少し遅くなったが。
「あっ……すいません。熱くなってしまって」
「あ、い、いえ。お気になさらないで」
面倒臭え――妖刀心の声。
「ああ、成程。そういう事ですね」
だがその面倒が結果としてヒントを与えていたようだった。
「つまり、反魂で光野宙の配信を再現するという事ですね」
悠のその認識が正解か否か、仮に耳が聞こえなくとも男の顔を見るだけで分かる。
「そうです。まさにその通りなのです!」
二人の巫女は顔を見合わせる。
ここでこの仕事を始めて二年目。何件かこうした持ち込みの依頼はあったが、実在しない人物を呼ぶというのは初めての事だった。
「あの、一つお伺いしてもよろしいですか?」
「はい。何でしょう?」
少しの沈黙。それを破ったのは悠だった。
ちらりと名刺に目を落としてから続ける。
「お引き受けできるとは思いますが、何ぶん私どもとしても初めてのケースですので……。その、詳しく理由など伺えますか?」
男――分かりました。
それからまた少しの静寂=頭の中の編集時間。
「先程ご説明した通り、私はネバーファンタジーで働いております」
編集が終わったのか、男は台本を思い出すようにゆっくりと口を開いた。
「ご存じかも知れませんが、弊社では光野宙のようなタレント……ああ、弊社の方針で人間と同様にそう呼称しております。彼女らのようなタレントを複数プロデュースしております」
「ええ。それは存じております」
合いの手のように答える悠。
私も彼女のファンでしたから――そう付け加えて。
「ありがとうございます……。ファンの方でしたらご存知かとは存じますが、彼女は二年前、突如として引退しました」
悠が頷くのを確認して続ける男。
「私も彼女の同僚であると同時に、彼女のファンでもありました。驚かれるかもしれませんが、私は彼女に憧れて、前職を辞め、この業界に飛びこんだのです」
妖刀がはっと息をのむ。
仕事のあった男がアイドルに憧れてその事務所に転職とは、中々に思い切った真似をする。
そこまで思い入れのある相手が突然消えたとなれば、それは死に別れたにも等しいショックだったのだろう。
「ですがその彼女が突然の引退。その最後の配信は今でも覚えています。……あの日からずっと、私はそれを引きずっているのです。陳腐な言い方をすれば、心に穴が開いたようとでも言うのでしょうか」
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




