プロローグ2
「それにしても……」
こじんまりした境内。竹箒の乾いた音に小さく吐き出した妖刀の声が混じる。
緑がかった瞳がちらりと本殿に向けられる。敷地に相応しい質素なそこ、神棚を大きくしただけのような本殿は、年季を感じさせる――といえば聞こえはいいが、実際にはただ古びているだけのような印象を与える。
「妖が神を祀るとは、何とも皮肉だな。なぁ?神様」
小さな呟きは、それとは独立して動いていた竹箒の乾いた音に消えた。
妖――本人がそう言うように、そしてまたその呼び名がそうであるように、彼女は人間ではない。
ここ綾篠神社に納められていた、数奇な運命の為に複数の時代で凶器となった刀。
多くの人間の血を吸い、妖刀と呼ばれたそれから生まれた人ならざる者――それが彼女だった。
そして彼女を形作ったもの=終戦後すぐに発見された新物質。
その特異な性質から英語で魔法・呪術等を意味するSorceryからソーサリウムと命名されたそれは、それまでフィクションの存在だった彼女のような者達を現実の存在とした。
今や酸素や窒素同様世界中に存在するソーサリウム。明確に物質であるそれによって、信仰や神秘は形を持ったのだった。
「妖が受肉して、神にそれが出来ぬと言うのも、また皮肉だな」
信仰がソーサリウムによって形を持つ。それはつまり、顕現した存在=人間がその存在を認知したか、或いは信仰されているという事。
言い換えれば、それが出来るかどうかが信仰を集めていたかどうかの基準の一つになるという事だ。
「……っと」
鳥居の方に振り向く妖刀。
その表情はそれまでのどこか怪しい笑みではなく、この一年ですっかり板についた巫女としてのそれ。
「おはようございます」
「おはようございます。今日はよろしくお願いします」
深々と頭を下げた初老の女性。白髪が大分多くなった喪服姿の彼女を、妖刀は慣れた様子で案内する。
境内の隅に建てられた小さな社――というか小屋。本殿同様の木造という訳でもなく、去年入れ替えたアルミサッシを開け、中に女性を案内する。
八畳程度の小さな一室。女性が靴を脱いで上がると、妖刀は部屋の隅からパイプ椅子を持ってきて彼女に勧める。
椅子の置かれた正面。部屋の中央には注連縄でボクシングやプロレスのリングのように囲まれた1m四方の空間があり、その中央には丸い鏡が置かれていた。
コーナーポストに当たる部分に置かれた燭台に一つずつ火を灯していく――手慣れた火打石。
「ただ今巫女長を呼んでまいります。お待ちくだ――」
そこで、彼女達が入ってきた方向とは反対のサッシが音を立てた。
(つづく)