偶像崇拝2
「あ、妖刀ちゃん」
「何やっているんだ?」
賽銭箱の横。年季の入ったビールケースを抱えた悠。
抱えているものの正体を知った妖刀が言葉を続ける。
「遂に真昼間から……」
「違います!」
きっぱりと否定しながら足元に件のビールケースを置く。
「ここの電灯が切れちゃったみたいで。脚立が見つからないから代わりにしようかなって。さっき物置から出てきたんだよね」
「ああ、そういう事か」
箒を片隅に置いて賽銭箱の方に向かう。
参道から何段か上がった所にある賽銭箱。その上には――効果は不明だが――防犯目的で箱を照らすように照明が取り付けられていて、夜になるとステージライトのように賽銭箱を照らしだすようになっている。
「大丈夫か?」
「うん大丈……夫……」
ビールケースに乗り、その上で背筋を伸ばしてようやく届くぐらいの高さにある件の照明。悠の身長では本来脚立を使う高さのそれには少し厳しい。
「私がやろうか?」
「いいって。これぐらいは――」
言いながら更に背筋を伸ばす悠。
――妖刀が、そのビールケースが本殿側の一段高い場所に設置され、その手前側が段差からせり出して半分近く空中に浮いているのに気付いたのと、その浮いた側に悠の足が乗るのはほぼ同時だった。
「もう少し……」
人の情――高い所のものに少しでも近づこうとするとその足元に移動する。
そういう時大概、その足場の状態をちゃんと確認する事はない。
「あ、おい!!」
「え――わっ!!?」
ガタンと音をたて、急に斜面となったビールケースから悠が降ってくる――妖刀に向かって。
「くっ!!」
咄嗟の判断:このまま落ちれば怪我は免れない。
補足:回避するには時間が足りない。
行動:そのまま正面から抱きとめる。
一瞬でそれを判断――厳密にはほぼ反射的に――した妖刀。彼女がその両腕を広げるのとほぼ同時に、悠の身体が叩きつけられる。
「あぐっ!」
思わず尻餅をつき、背中を欄干にぶつけて勢いを止める。
衝撃に合わせて、両手がしっかりと悠の背中に回される。
急接近。互いの吐息がかかる程の。
数秒、そのままでお互いに固まっていた。
「あっ、ごめん!!大丈夫!?」
「ああ……。まったく、言わんこっちゃない」
抱き合ったままのやり取り。上になった悠が起き上がろうにも、その下敷きになっている妖刀の足を踏まないようにもぞもぞと動かして床を探るのが先だ。
「怪我はないか?」
「う、うん。ありがとう。妖刀ちゃんは?」
「大丈夫だ。痣ぐらいは出来たかもしれんが――」
「あ、あの~……」
参道から第三者の声。
「「はい?」」
顔を上げ、或いは振り返る二人。
声の主の姿を見て、妖刀の中についさっきの記憶が蘇る。
「「ッ!?」」
と、同時に二人とも弾けるように離れて起き上がる。
声の主=鳥居の所にいた男からは、悠が妖刀を押し倒しているように見えなくもない。
事実、彼は僅かに赤面して眼鏡の奥の目は伏し目がちになっていた。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




