馴初め11
「だってしょうがないじゃん!私料理とかすごい苦手だし、この前電子レンジ壊れちゃったし!」
言い訳を聞き流しながらその視線の先に目をやると、台所の隅に置かれた電子レンジが目に入った。
年季は入っているが、まだ壊れるような程ではない――そう思った巫女だが、その白い天板と、本体の後ろの壁が真っ黒になっているのに気が付いた。
いや、天板は変色しているだけではない。
直線、平面であるはずのそこは不自然に歪み、波のような独特の表面を形成している。
「電子レンジって、あれ?」
その奇妙な箱から目をそらさずに漏らした巫女の言葉に、悠は少しばつの悪そうな――しかしそこまで深刻ではない――様子で理由を口にする。
「いやー……、実はここに来た初日に小火を起こしまして……。あ、一応すぐに消火したし、他に被害もなかったから消防にも通報はしていないんだけど」
だから大丈夫と言いたげな末尾。
「……」
「大丈夫。壊れたって言ってもまだ時々は動くから」
それが聞こえているのかいないのか、巫女は立ち上がると冷蔵庫に顔を入れる。
マジックでもあるまいし中が変わっている筈もない。
ただ調味料と発泡酒の缶がいくつかと、使いかけのまま放置されたいくつかの食品が転がるだけ。冷蔵庫と言うよりただの冷たい箱だ。
「ふむ」
扉を閉めて下段の冷凍庫へ。
恐らく酒用だろう氷だけは作られているが、それ以外は上段と同じ。
「成程」
それからシンクの下を開ける。モデルルームの如く何も入っていない。ただ一枚フライパンだけがお情けのように転がっている。
「あのー……」
「私は不要として一人分……。まず現状の収入と支出がどの程度かを確認する必要があるが……。とりあえず今日は一食当たり……」
ぶつぶつと念仏のように何かを唱え始めた巫女には、困惑気味の悠の声も届かない。
「……よし」
小さく漏れた決意表明=念仏の締め。
同居する流れになった事を何者かに感謝する。
(このままこいつに任せていたらこの神社は終わりだ。となれば私のねぐらも危ない)
新たになる現状認識。
それを基にして今後の行動方針を決定。
目的:自身のねぐらの確保と維持。それに付随しての神社の保全及び運営。
方針:本来の巫女の公私両面での支援及び啓蒙。
「もしもし?」
「よし、大丈夫だ」
丁度問いに答えるように振り返り、悠と向かい合う。
「私が立て直す」
「……とは言ったが」
一年と少し前の出来事を思いだした買い物の帰り道。妖刀は小さく溜息をついた。
あの日から一年以上。最初はどことなく他人行儀だったのも今は昔。「あなた」と呼ばれていたのも「妖刀ちゃん」に変わったし、彼女も「アホ巫女」、「悠」、「お前」と色々遠慮なく呼ぶようになった。
一応今の所目的は達成されている。
二人だけならなんとかやっていける状態ではあるし、本殿の床が抜けていたのも修理した――ついでに電子レンジもリサイクルショップでだが買い換えた。
悠の自堕落を極めた男子大学生みたいな食生活も改めた――専ら妖刀が作っているからだが。
飲酒に関してはまだまだ時間がかかるだろう。元より飯がなくとも酒を飲んでいたような悠だ。一年前、即ち彼女が十九歳の時から既に。
(先は長いな……)
ちらりとその張本人を見ると、目が合うと同時に何かを思い出してはっとその瞳を開いた。
「そうだ!もう酒のストックが残りわずかだった!」
「戻らんぞ。いい機会じゃないか。断酒しろ」
「ひどい!あれが楽しみで一日頑張れるのに……」
そんなやり取りをしながら、妖刀は、己の中に浮かんだ思いを自覚していた。
(まあ、この暮らしも嫌いではないが)
奇妙な感覚――何故家事とたまに仕事に追われるのが楽しいのか。
「……ま、いっか」
いつの間にか感染った同居人の言葉が、自然に微笑んだ口からこぼれた。
(つづく)
馴初め終わり
続きは明日に




