馴初め10
「そう言えば、ソーサリウムの魔物や幽霊ってご飯食べるの?」
「食えない事はないが、必要はないな」
答えながら巫女の視線はテーブルの上の一点に止まった。
見慣れない袋。黄色ともオレンジともつかない小さな円盤。
そして既に開封されているそれから漂ってくる、鼻を心地よく刺激するほのかなスパイスの香り。
「ああ、これ?」
巫女は自分がそれに注目していたことを、悠の声で始めて気付いた。
「カレー煎餅。食べる?」
「あ、いや……。私には食事は必要ない。食べても無駄にしてしまう」
真面目だなあ――笑いながらの悠の声。
「でもそこまで気にしないでいいと思うよ。お供えみたいなものだと思えば」
「お供え?」
頷きながら自身も件の煎餅を袋から取出し一枚口に咥える。
「そう。神棚も仏壇も実際にそれを食べる訳じゃない。でも必ずお供えはされるでしょ。人間じゃないんだし似たようなものだよ」
「それは極端な気がするが……」
「……じゃあ、私一人じゃ全部は持て余しそうだから一枚どう?」
そこまで言われてしまうと断れない。
相手に気を使わせてしまったという負い目がそれを強くする。
――断るのを妨げる最大の力が目の前の食べ物の抗いがたい魅力であることは言うまでもないが。
(この体、食わなくてもいいのに食欲はあるのか……)
自身の身体の謎が少し気になったが、それも本能的な食欲と好奇心の前では小さな問題だ。
「どう?」
「な、なら。一枚だけ……」
軽い食感、粗末なカレー味。
妙に後を引く。
「……美味しい」
「そう?よかった、もっと食べて」
巫女の反応に袋から容器を完全に引き抜く。
細長いそれの半分ぐらいまで入っている黄色い円盤がカシャと軽い音を立てて姿を現す。
「しかし、これだけでは食事にはならないだろう?」
操られるようにもう一枚に手を伸ばしながら、巫女は先程スポーツドリンクを作った時の事を思い出していた。
(そう言えば冷蔵庫の中何もなかったが)
「あー、それ?」
自身も巫女を真似るように煎餅をかじりながら苦笑する悠。
「実はもう食べ物ないんだよねー。昨日の夜食べたカップ麺が多分最後の」
「え……?」
ピクリと巫女の手が止まる。
つまみかけた煎餅がゆっくりと元の場所に戻される。
「まさか……そんなに困窮して……」
その声は僅かに震えていた。
やってしまった。
そんな状態なら、この煎餅だって貴重な食糧だった筈だ。
それを自分は――その罪悪感が、喉に駆けあがって声に伝える。
「って、まだそんなじゃないよ!」
苦笑しながら悠。貧乏は事実だけどと付け足しながら。
「いや実は、家事とか色々やるの面倒で。それで前に買いだめしておいたレトルトとかカップ麺で済ませていたんだけどそれも尽きたから、今日あたりなんとかしなきゃとは思っていたんだけどねー」
言いながら添え木で固められた足を見下ろす。
「……そんなことか」
溜息と共に漏れた呆れたような巫女の声。
そこに僅かに混じる安堵。
(つづく)
今回で馴初めは終わると言ったな。あれは嘘だ。
すいません次回には終わります。
という訳で続きは明日。
明日はまた夜の投稿となります。




