馴初め8
幽霊みたいなもの。ソーサリウム研究の世界では専門的な用語も存在するのだが、分かりやすく一言で言えばそれ以外にない。
ソーサリウムと幻影とは言わばマイクとスピーカーのような関係にある。
誰かが発した思念を声だとすると、それを拾って増幅するマイクがソーサリウムで、その増幅された音を出力するのが幻影だ。
故に、幻影はその最期がどのようなものであれ常に在りし日の姿で現れ、また常に穏やかな態度を取る――無論例外は存在する。殺人事件の被害者の幻影を遺族が呼び出した場合など。
翻って今の巫女である。
関係者が皆死んでいるという事は、つまり誰も彼女を想起する人間がいないと言う事になる。本来ならソーサリウムの濃度をどこまで上げても現れることはない筈だ。
だが、あまりに強い思念が残り続けた結果、その思念の塊となった刀にソーサリウムが反応する事で彼女を生み出した。
先程の例で言えば、何もない空間に置いたマイクが、過去にそこで発生した音を拾い、一纏めにしてスピーカーから垂れ流しているのが今の巫女の正体である。幽霊の声と呼ばずになんと呼ぼうか。
「幽霊か……」
だがその異常事態を前にして、悠の態度は一向に変わらない。
どこか他人事と言うか、本気にしていないような様子で相手の告白を聞いている。
「信じていないのか?」
「いや、そうじゃなくて……」
一応否定しながら、それを具体的に説明する言葉が出てこない。
少しの間沈黙し、あーとかえーとか意味のない音を漏らし続ける。
「うーんと、何と言うか、まだ理解が追い付いていないっていうか……。ソーサリウムの魔物は何度か見た事あったけど、幽霊ってのは流石にね……」
言いながら悠は相手を改めてよく見る。
(敵意がある訳じゃなさそうだし……というか現に色々してくれたし……)
もし敵意のある存在なら、強制的にソーサリウムの濃度を下げる方法が存在するのだが、そうでない以上消してしまうのも躊躇われる。そもそも、魔物や通常の幻影に対するのと同じ方法で幽霊が消えるのかどうかは事例が少なすぎて分かっていないのだ。
「……ま、いっか」
「?」
悠は思考を中断する。
「あなた、何か心残りとか、成仏したい特別な理由とかあるの?」
「いや、特には……」
「じゃあ、現世で何か成し遂げなければいけない事とかは?」
「それも……。私は何人もの思念の塊だ。断片的な記憶や知識だけがある状態で、『何かをしなければ』という強い意志は何も残っていないんだ」
余りにも多くが混じりあったためか、彼女の中には確たる目的意識は存在しない。
なら何故生まれたのか。ソーサリウム研究者であれば垂涎の研究対象となるだろう。
だが、目の前の女は仕事での必要以上にはそんなものに興味はない。
「じゃあ、いいんじゃないこのままで」
目の前の不可思議な相手に、それが何も特別ではないかのようにあっさりとそう言い放った。
(つづく)
説明回
続きは明日。
恐らくあと1~2話で馴初めは終わる予定です。




