馴初め6
「ぅ……」
時間にしてほんの数秒。
だが本人にしてみればつい眠り込んでしまったぐらいの感覚。
「ぁ……」
「しっかりしろ!……よし気が付いたな」
天井の代わりに真剣な表情で自分を覗き込んでいる巫女。
その長い銀髪が悠の頬を撫でていた。
「あ、す、すいません……。もう大丈――痛ッ!!」
失神して倒れていた。
それを理解するや慌てて立ち上がろうとしたところで右足に激痛が走る。
「痛たたた……」
「倒れた時に捻ったのか」
尋ねながらも答えは不要と、自らの手で袴をめくると、露になった足首を軽くさする。
「頭は打ったように見えなかったが……他に痛いところは?右足以外の手足は動くか?」
「多分大丈夫……」
答えながら実際に動かすと床と巫女装束がすれて音を立てる。手と足の指を握り、開いてみるが、こちらの感覚もしっかりしていた。
それを確かめてからもう一度顔を覗き込む巫女。細長い人差し指を一本ピンと立てる。
「この指をよく見ろ」
そう言うと振り子のように左右に振る。
左、右、左、右――何度か繰り返し。悠の茶色の瞳がしっかりと追っているのを確認すると、巫女は小さく頷く。
「まあ大丈夫そうだな。とりあえず社務所に行こう。と言ってもな……」
「だ、大丈夫。ちょっと痛いだけですぐ――うっ!」
「無理するな」
力を入れたのに反応して返ってくる痛み。
それに顔をしかめた悠の、その顔の裏側に冷たい手が差し込まれる。
「えっ……」
「よっと」
お姫様抱っこに憧れる女は多いと言うが、実際に体験する人間ばかりではない。ましてやそれの初体験が人外の同性というのは尚更少ないだろう。
「あ、あの……っ」
「ちょっと我慢してくれ。それで、社務所は外でいいのか?」
黙ってうなずきを返す。
赤くなっているのは熱中症の症状だけではない――もっとも、その原因には自覚がないのだが。
結局そのまま社務所の二階。悠の自室まで巫女は彼女を運んだ。
「見ての通り足袋だ。このまま上がったのは許してくれ」
そう言いながら腕の中のものを畳に寝かせ、エアコンのスイッチを入れる。
「……猛暑の時には深酒は控えろ。脱水症状を起こす」
コンビニのビニール袋に入れられた空き缶の束を見ながらそう告げて、一人階下へ。
「台所借りる。水を持ってくる。それと足の方も添え木位は当てておこう」
数分後、戻ってきた巫女の両手には、宣言通りのものが収まっていた。
「さ、飲め」
「ありがとうございます。……うちにスポーツドリンクなんてあった?」
しっかりと飲み干してから、その味に気付いた。
「無かったから塩と砂糖でそれらしいものを作った。ああ、済まんがその過程で冷蔵庫も勝手に開けたぞ」
この状況で文句を言う道理もない――双方ともに理解している。
(つづく)
続きは明日




