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トランとミュカの魔道具工房(未完)  作者: まさかミケ猫
一章 トランの魔道具工房
6/43

ゆっくりやっていけば

 魔道具工房の作業室の片隅。

 ストーブの前に置いた長椅子に座り、トランとミュカは体を温めながら話をしていた。


「王族に疎まれ、実家からは見放されて……こんな厄介な女をトラン様に押し付けてしまうことになってしまいました。本当に、申し訳ありません」


 彼女は深々と頭を下げた。

 その肩は、小さく震えている。


 トランは小さく宙を見上げた。

 こんな人里離れた場所で、自分のような世捨て人のもとへ嫁に出されてしまったが……。逆境の中で真面目に頑張ってきた彼女のような子こそ、幸せになってほしいものだと思う。


「まぁ俺は、貴族といっても金で権利を買っただけだしな。知っての通り、出世欲も皆無だ。ミュカと一緒にいることに不利益は何もないよ」


 そう言ってぎこちなく笑いかける。

 トラン自身、これまでは結婚など微塵も考えていなかったのだが。こうなった以上、今さら彼女を見捨てるつもりはない。


 一方のミュカは、申し訳なさそうに身を縮めている。


「トラン様は……本当に優しい方です。魔道具作りの天才ですし。それなのにわたくしは、妻として支えるどころかご迷惑ばかりかけてしまって」

「天才は語弊があるが……そりゃあな、大貴族のご令嬢に家事能力を期待する方が間違ってるだろ」

「しかし……」


 おそらく彼女は、失敗続きの自分に相当落ち込んでいるのだろう。トランはガシガシと後頭部を掻き、深くため息をついて立ち上がった。


「これから、いくつかの魔道具を紹介する」

「……え?」

「持ってくるから、少し待っていてくれ」


 正直に言えば、気は進まない。

 だがこの状況で他に手が浮かばなかったのだ。




 奥の倉庫から抱えてきた箱には、埃を被った魔道具が山のように入っていた。トランにとっては、どれも思い出深いモノではあるが……。


 待っていたミュカは、メモ帳とペンを準備して目を爛々と輝かせていた。


「……ミュカ」

「はいっ!」

「メモはいらない。見てるだけでいいから」

「あ、はい」


 ミュカは腰の魔導ポーチにメモ帳をしまう。この微妙に慣れた動作は、毎日ルルゥに鍛えられているからだろうか。


 トランは床に置いた箱からひとつの魔道具を取り出した。少し埃を払ってから、作業台の上にそっと乗せる。


「……靴、ですか?」

「あぁ。この靴型魔道具は、幼い頃の俺が初めて自分で考えて作ったものだ」


 靴の甲には魔導核(コア)が剥き出しのまま取り付けられている。今のトランが見れば破損リスクの高い無謀な設計だと分かるのだが、当時の自分は「この方が格好いい」くらいの思考しかしていなかったのだ。


 踵の部分を引き出して、砂状のマナ結晶を小瓶から移し替える。側面のスイッチを押すと、靴はテーブルから数センチほど浮かび上がった。


魔導浮遊靴(ホバーシューズ)。空飛ぶ靴だ」

「……凄いです。これで宙を歩けるのですね」

「と、思うだろ?」


 きょとんとするミュカへ微笑みかける。

 トランとしては、空飛ぶ靴で空中散歩でもしたかったのだが……実際に使ってみると、とてもではないが散歩など無理だったのだ。


「実はこれ、足の踏ん張りが全く効かなくてな」

「えっと、それは……」

「あぁ。靴を履いて宙に浮いた途端に、思いきり転ぶんだ。股が裂けたり、後頭部を壁に打ち付けたり、顔面ごと床とキスをしたりしてな」

「え、えぇぇ……」


 あの頃はまだ家族も仲が良くて、父も兄も快くトランの実験に付き合ってくれた。兄の頭から血がピューっと吹き出す様子は、長いこと近所でも語種になったものだ。


 トランの説明に、ミュカは口をぽかんと開けて固まる。


「あぁそうだ。額のすみの方に、あのときの傷が少し残ってるんだよ。このあたりかな」

「い……痛そうですね。けっこうザックリ……」


 前髪をかき分けて古傷見せつけると、ミュカは口に手を当て目を丸くする。これでも、治癒の生命魔術でずいぶんと傷痕は目立たなくなったのだが。



 彼女の反応を確認して靴を箱にしまうと、トランは再び他の魔道具取り出した。


「次はこれ。魔導痩身写真機(スリムカメラ)だ」

「これは、どういう……?」

「大まかな原理は、普通の写真機と変わらないんだけどな」


 レンズをミュカに向け、パシャリとシャッターを切る。一瞬フラッシュが焚かれたあとで、写真機の下部からインスタント写真が飛び出してきた。


「きゅ、急に撮らないでくだしゃい……コホン。こ、これでも乙女なのですよ?」


 恥ずかしそうに顔を赤くしているミュカをなだめていると、ほどなくして写真がくっきりと浮かび上がってきた。


 そこに写っていたのは……。


「これは……。わたくしの姿が、縦長に引き伸ばされていませんか……?」

「正解。この写真機は、ふっくらとした貴婦人を細く写すためのものなんだ」


 肖像画などであれば、画家が上手く補正することで、肥え太っている貴族も凛々しく描き出すことができる。

 だが、写真となるとそうはいかない。過去には貴族の不興を買って、理不尽に処罰される写真屋もいたのだ。


「なるほど。偽りの写真機、ということですか」

「そう大げさなものじゃないさ。縦横比を少し弄ってるだけだ」


 この写真機は、王都の写真屋の間で密かにヒットした。やはり、強権を持った貴族というのは皆怖いものらしい。


 しかしある時、事件は起きた。


「事件……?」

「とある貴族のご婦人が、自分の裸写真を残したいと言ってな。衣服をすべて脱いだ上で、床に横向きに寝転がったらしいんだ」


 婦人のポーズは裸婦画としてはありふれたものだが、写真屋にとっては想定外であった。


 この写真機は、真っ直ぐ立っている人を対象に、縦長になるよう写真を撮影する。不自然にならない程度ではあるが、横幅がキュッと縮み、縦にはビヨーンと長く伸びるわけだ。


 つまり、横向きに寝転がったご婦人は……。


「現実よりも身長がドン詰まりに、胴回りは太く撮影されてしまった。出来上がりを見た彼女は、あまりのことに血の気を失い倒れてしまったらしい」

「そ、そんな事件が……」

「あぁ。元からかなり肉付きが良かったのに、さらにまん丸に補正されて写されたみたいだからな。あれは控えめに言っても大惨事だった」

「そ……それは大変でしたね」


 ミュカは口元を押さえて顔を青くした。

 幸運にも写真屋が処罰されなかったのは、この話を不用意に貴族社会へ広めたくなかったからだろう。だからこそ、こうして思い出話として紹介できるのだが。


 トランはそそくさと写真機を箱にしまう。


「さて、次の魔道具だ。この指輪は――」


 そうやって、いくつもの失敗作をミュカに紹介していった。




 はじめは硬い表情をしていた彼女も、次第に笑いを堪えられなくなってきたのだろう、顔を隠して肩を震わせる場面が何度もあった。

 彼女が特に気に入ったのは「魔導式味付けストローによる地獄のお茶会事件」のあたりだろうか。この話のときには、しばらく顔を押さえたまま下を向き、妙な震え方をしてゲホゲホと咳き込んでいた。


「――とまぁ、失敗作はまだまだあるんだが」

「はい。申し訳ありません。はしたなく笑ってしまいまして……ぷっ」


 ミュカは真っ赤な顔をして、はぁはぁと呼吸を整えようとしている。しかし、どうにも思い出し笑いが止まらないのか、その口元は緩みっぱなしだ。


「ミュカは俺のことを天才だなんだと言ってたけど、実際はこんなもんなんだ」

「はぁ……その、それは……」

「誰だって、はじめから何もかも上手くやれるわけじゃない。変に恐縮したりしないでさ、ひとつずつ覚えながら……まぁ、ゆっくりやっていけばいいんだと思うんだよ」


 その言葉に、ミュカは素直に頷く。

 彼女の表情は先ほどより柔らかくなり、肩の力もずいぶん抜けているようだった。


「……少し話しすぎたな。休憩しよう」


 トランは椅子から立ち上がり、作業室の端にある小さな流し台へと向かった。魔導ケトルに水を注ぎ、スイッチを入れる。しばらくすれば湯が沸くだろう。

 ふと思い立って、トランはミュカを手招きした。


「トラン様……?」

「薬草茶の淹れ方を教えようと思ってな」


 棚から乾燥薬草の小瓶を取り出す。

 このドラゴンミントは薬草の中でも高価なものだが、心を深く落ち着かせる効能がある。たまにはこういう贅沢も悪くないだろう。


「これから先、ミュカがお茶を淹れてくれる機会も多くなるだろ? それなら、美味しい淹れ方を覚えてくれると嬉しいんだが」


 その言葉に、ミュカは魔導ポーチからメモ帳をサッと取り出した。その姿がなんだかおかしくて、トランはふっと小さく息を漏らした。


「あとそうだ……一つだけ、ミュカにお願いしたいことがあるんだが」

「はい。なんでしょうか、トラン様」


 ミュカに目を向けると、キラキラとした赤い瞳が真っ直ぐにトランを見返してきた。トランの心臓がトクンと小さく跳ねる。


 少し落ち着かない気持ちのまま、彼女に告げた。


「様付けはやめてくれないか」

「……え?」

「『トラン様』なんて呼ばれるのは、どうもむず痒くてな。なんなら呼び捨てでもいいんだが」

「ふぇ、あ、え……」


 その言葉に、ミュカは目を丸くしてアワアワと落ち着きを失っていた。トランは彼女に近づくと、銀色の髪を柔らかく撫でる。


「その……深い意味はないんだがな。上下関係じゃなくて、夫婦になるんだろう? 俺たちは」


 そう言いながら、トランは頭の奥底で「この娘が嫁に来るのだ」ということを強烈に意識し始めていた。頭を撫でていた手はするすると移動し、無意識に彼女の頬を包んでいる。


 交わる視線。

 柔らかそうな唇から、短い息が漏れた。


 そして――。


『ミュカっち! お風呂が沸騰してるんだけど、どうして湯沸かし器の温度設定が100度なの!?』

「ひゃっ」


 部屋の外から聞こえた声に、二人は飛び上がって離れた。どうやら彼女はまた何かやらかしてしまっていたらしい。


「あの……お湯って100度でしたよね……?」

「俺をスープの出汁にするなら、それでもいいと思うけど。風呂は40度くらいじゃないかな」

「ま、またやってしまいました……」


 項垂れながら部屋の出口へ向かうミュカ。

 それを苦笑いで見送っていると、彼女は戸の前で立ち止まり、背中を向けたままトランへと話しかけた。


「あの……」

「ん?」

「まだまだダメなところだらけですが。わたくしなりに少しずつ頑張ろうと思います。これから、よろしくお願いしますね……。トランさん」


 彼女はそう言うと、耳を真っ赤にして部屋を去っていった。


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