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踏み出す一歩

 その日は朝から微妙な空模様だった。

 薄く広がった低い雲からは、細く静かな雨が肌に纏わりつくように降り続けている。わざわざ外出するのも面倒だったトランは、宿泊部屋の片隅で魔導銃の改良を行っていた。


(……怪物グリム、か)


 本当に怪物を相手にするかどうかは分からないが、ミュカが狙われている可能性を考えると、今の武装では不安がある。トランは魔導銃の図面を前にあれこれと頭を悩ませていた。


 現在、この部屋にいるのはトラン一人だ。ルルゥとミュカは連れ立って魔道具ギルドの中を見て回っているらしい。

 ギルド本部の中央塔は遠目に見ても目立つが、敷地内の他の施設も見どころは多かった。建物そのものの内装デザインも最新のものであり、古い魔道具の資料館などは職人でない者にとっても見応えのあるものだろう。


 コンコン。

 部屋の扉がノックされる。


 トランは道具類を簡単に片付けると、片眼鏡(モノクル)と手袋を外して立ち上がる。来客の予定はなかったはずだが、と考えながら扉を開いた。


「トランの兄貴。今、大丈夫っすか?」


 そこにいたのは見習い職人のハンスと、車椅子に乗った少女モコであった。トランは首を傾げて二人を見る。


「どうしたんだ、ハンス」

「改めてお礼を言いに来たっす。モコと一緒に」


 ハンスはそう言って照れくさそうに頬を掻き、モコは遠慮がちにペコリと頭を下げた。彼の作っている歩行補助の魔道具は順調に改良が進んでいるらしいので、お礼というのはその件だろう。


「まぁ、とにかく入ってくれ。お茶でも出すよ」

「お土産に少し高めのケーキも買ってきたっす」

「あー……最近王都で流行ってるやつ、か」

「そうっすよ! さすが耳が早いっすね」


 チラリと目を向ければ、モコの膝上に置かれた紙箱には見覚えのある店のマークが描かれている。

 トランは苦笑いを浮かべながら二人を招き入れると、部屋に付いているキッチンで湯を沸かし始めた。



 ハンスの歩行補助魔道具は、トランの協力によって大きな進歩を遂げていた。先日はモコがたどたどしい足取りながら一人で歩くことに成功している。それまでハンスに厳しい言葉を投げつけていた者たちも、今では黙り込んで悔しそうにしているらしい。


 とはいえ、まだこれは最初の一歩だ。

 ハンスはこれから、歩行だけでなく全身の動作を補助する魔道具を作り、同時に現実的な運用を考えた軽量化や省力化をしていかなければならない。また、そうやってモコの命を繋ぎながら、病気への根本的な対処も考える必要があるのだ。


 先の長い研究になるだろう。

 それでも……。


「本当に感謝してもしたりないっす。兄貴のおかげで、研究が大きく前進したっすから……」

「わ、わたしも……。病気の治療に希望が持てるようになりました。あ、ありがとうございます」


 揃って頭を下げる二人に、トランはなんだか温かい気持ちになった。


「力になれたなら良かったよ。これもハンスの努力が実った結果だ。何かあれば、これからも相談に乗るからな」

「ありがたいっす。頼りにしてるっすよ!」

「も、もう。ハンスったら図々しいんだから……」


 二人と話をしながら、緩んだ空気が流れる。話の内容はだんだんと魔道具の改良の件へと移っていくが、ハンスの考える方向性はトランからしてもそう悪くないように思えた。


 しかし、トランにはどうしても心に引っ掛かっていることがあった。それは、亡くなってしまったハンスの父親のことだ。

 その話題に触れないまま、流されるようにハンスと過ごしていくわけには行かないだろう。そう考えたトランは、意を決して話を切り出した。


「なぁ、ハンス。その……父親のことなんだが」

「……はい」

「本当に、申し訳なかったと思っている。俺の考えなしの魔道具開発が……君の父親と、家庭を壊してしまった。許してほしいとは言えない。ただ、謝罪の意を伝えさせてほしい」


 そう言って、トランはまっすぐ頭を下げる。

 本来であれば、ハンスの父親のことを知ってすぐに謝罪をするべきであった。このタイミングでは遅すぎるほどだ。


 部屋の中には、窓の外の雨音だけがパラパラと響く。ハンスはふぅと息を吐くと、湯呑の中の薬草茶を覗き込むようにして俯いた。


「兄貴。新しいモノを作るのって、大変っすね」


 彼はそう言って、湯呑をぐいっと傾ける。そして渋い顔をしながら、何かを思い出すように宙を見上げた。


「僕がはじめに動作補助の魔道具を作ろうとした時……周囲の人に、いろいろと言われたっすよ」

「いろいろ……?」

「小さな筋力で大きな力を出せる。それを使えば、騎士や兵士を強化して、戦争で多くの人を殺せるんじゃないか……とかっすね。まぁ、半分嫌味みたいなモンも入ってましたけど」


 それは確かに存在するかもしれない未来だ。

 技術とはあくまで道具であり、それを使う者によって良い方向にも悪い方向にも事態を変化させうる。トランもなるべく気をつけてはいるが、止めようのない場合も少なからずあるだろう。


「兄貴に悪意がなかったのは、よく分かってるっすよ。デジタル魔道具の研究書は、資料が擦り切れるほど読み込んだっすから」

「それは……」

「誰かのために新しいモノを作る。そんな時に、他の職人の生活のことまで考えてたら、何もできなくなるっす。兄貴は間違ったことはしてない。親父のことは不幸な出来事でしたが……謝罪は十分以上に受け取ったんで。もう気にしなくていいっすよ」


 ハンスはそう言って大人びた笑みを浮かべる。

 他でもない彼の言葉であれば、トランに反論する道理はない。これ以上謝罪を重ねるのは自己満足にしかならないだろう。


 ただトランの脳裏には、あの時泣き叫んでいた女性の顔がどうにもこびりついていた。


「ハンスの母親は今、何をしてるんだ?」

「……僕を王都に置いて、実家に帰ったっすよ。あんまり兄貴には言いたくないんすけど……あれからちょっと、気が狂ったみたいになったっすから」

「そうか……」


 そう聞くと、やはりトランの胸にはずっしりと重いモノがのしかかる。だがそれは、ハンスを巻き込むことなく、トラン自身がどうにか折り合いをつけていく事なのだろう。



 トランはすっかり重くなってしまった空気を払拭しようと、話題を切り替えることにした。


「ところで……ハンスとモコは、本当にただの幼馴染なのか? なんというか、ずいぶん仲が良いように見えるんだが……」


 そんな問いかけに、二人は顔を見合わせる。

 顔を真っ赤に染めていくモコの隣で、ハンスは目をキラキラさせて身を乗り出し、トランの両手をガシッと掴んだ。


「ね、兄貴もそう思うっすよね!? ほらモコ、そろそろ観念して首を縦に振るっすよ。僕の諦めの悪さはよく知ってるっすよね」

「だ、だって……」


 その様子を見るに、ハンスの方は前々からモコに好意を持ち、すでにいろいろと行動を起こしているのだろう。モコの方も満更ではなさそうだが、関係を深めることについては躊躇しているように見えた。


「まさか……他に好きな男がいるっすか?」

「い、いないよ! ハンス以外の人なんて――」

「え?」

「じゃなくて、えっと、あぅ……い、いじわる……」


 茹で上がったように真っ赤なモコは、弱々しい拳でハンスの胸を叩く。その様子に、トランは小さく口の端を上げた。


 二人がただの幼馴染でなくなるのは時間の問題だろう。モコの病気の治療にも希望が見えてきた。そこにハンスの熱意が加われば、彼女の態度も軟化していくのではないだろうか。


「トランの兄貴……」

「ん?」

「これからも、よろしくお願いするっす」


 そう言って、ハンスは快活に笑うのだった。


スターダストノベル大賞にて、

『未来人は魔法世界を楽しく魔改造する』

が【大賞】を受賞しました。


つきましては、書籍化作業のため、本作の更新頻度が一時的に落ちることになります。

今章の終了後、再開までしばしお待ちいただければと思います。

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