表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/43

怪物と天眼

 この世界には古代遺跡(ダンジョン)と呼ばれる場所がいくつも存在している。その多くは魔樹の森に呑まれ、魔物たちの巣と化していた。

 古代遺物(アーティファクト)が見つかるのもそういった場所からであり、古代文明は現代を遥かに凌駕する技術力を持っていたことが伺える。


 魔道具ギルド長のマキシマムは銀級貴族。彼の所有する南西のネポルス領にも、古代人の痕跡の残る施設がいくつかあるのだという。


「……私はその古代文明に魅せられたッ! 今よりも遥かに優れた技術。知識。時間の神を騙すような長寿。死神すら跪かせる医療――」

「ギルド長……?」

「聞きたまえ、トラン君。私は新しいモノが好きだ……しかしね。我々の作るどんな新しいモノも、古代人にとっては稚拙な玩具に過ぎない。私が見たいのは、そんな古代文明すら凌駕する新世界なのだッ!」


 バンッ。

 マキシマムは両手で力強く机を叩いた。


 現在は昼を少し過ぎた頃だ。

 ハンスの研究に付き合い始めて一週間ほどが経っただろうか。飲み込みの早い彼は既に魔導義手の技術を理解し、歩行補助魔道具を大幅に作り変えている。


 試作品がそろそろ出来上がるところで、トランは急遽マキシマムに呼び出されたのだった。


「あの……ギルド長?」

「ハハハッ、エッッックセレントッ! 君は本当に素晴らしいッ!」

「ん?」


 戸惑うトランに近づいてくると、マキシマムはバンバンと背中を叩いてきた。


「今の世では、誰もが知識を秘匿する。しかしそれでは技術は前に進まない。新世界など夢のまた夢だ。しかぁぁぁしッ、君はデジタル魔道具を始め、優れた知識を後進に提供することを厭わないッ!」

「あー……それはハンスの……?」

「その通り! 彼の師匠として、最大限の感謝を伝えさせていただくよッ」


 そう言うと、マキシマムは深々と頭を下げる。

 ハンスから聞いた話では、マキシマムは現在多くの弟子を抱えているらしい。そしてその中には、王都の孤児院から来た者も少なくない。生まれよりも個人の資質を重視して採用しているのだとか。


 トランは促されるままソファに座り、高級そうな薬草茶を啜る。

 下手をすれば「自分の弟子に変なことを吹き込むな」と言われても仕方のない状況だが、後進の育成に力を入れているマキシマムだからこそ、こういった感謝の言葉も出てくるのだろう。


「まったくね……どの職人も、自分のことしか考えていないッ! それぞれの持つ技術を掛け合わせれば、解決する問題だって少なからずあるだろうに……まぁ、それが現代の常識である以上、彼らを責めることなどできないのだがね」

「……それは、まぁそうだろうな」

「うむ。そんな中で、君は本当に特異な存在だよ。私の弟子も皆、トラン君のような職人になっていって欲しいものだッ!」


 マキシマムがパチンと指を鳴らす。

 すると、細耳族(エルフ)秘書のカナエが盆の上に丸いケーキを載せて現れた。どうやら、最近王都で流行っている有名店の品らしい。


 テーブルに置かれたケーキが手早く切り分けられ、トランとマキシマムの前にそれぞれ四分の一ずつが置かれる。残りはカナエが自分のデスクに持っていくらしい。


「カナエさんは相変わらずだなぁ……」

「うむ、彼女には何かを言う気にもならんよ、ハハハハハッ! さぁ、我々も食べようじゃないか」


 涼しい顔で大きなフォークを持っているカナエを見て、トランは昔にも似たようなことがあったのを思い出していた。彼女はとにかく甘い物に目がないのだ。



 大きいように見えたケーキも、食べ始めてしまえばあっという間に無くなってしまった。ふわふわのスポンジは口の中で雪のように溶け、雑味のない控えめな甘さは次の一口を邪魔することがない。


 最後に薬草茶を啜ると、心地良い感覚がトランの体を満たした。これは人気が出るのも頷けるというものだ。


「ふぅ……。実に美味だったなッ! さて、私の感謝は伝わったかね?」

「あぁ。十分過ぎるほどに」

「そうか。ハハハッ、まぁ感謝を押し付けるのはこのくらいにしておこうか……」


 腹を擦るトランに、マキシマムは熊耳をピクピクと動かして満足そうに微笑む。そして、何かを考え込むかのように目を瞑る。


「……実は、君の耳に入れておきたい話があってね。ミュカ君にも関わることだ」


 そう言うと、彼はコホンと咳をして目蓋を開き、鋭い目でトランの顔をジッと覗き込む。


「――古代の怪物グリムについて、君はどこまで知っているかな?」




 それは、数千年も昔の物語だ。

 古代の王は今からは考えられないほど長寿であり、古代文明は長きに渡る繁栄の時を過ごしていた。しかし、そんなところに現れたのがグリムと呼ばれる怪物だ。


 その姿はまさに異形と言っていい。白い骨のような外骨格に、一つ眼と四本腕。見上げるほど大きな体躯と、人を嬲り殺す獰猛な性格。体内には魔導核があり、どうやら人類種族ではなく魔物から生まれた化け物らしい。


 グリムは人の持つ魔力を嫌悪し、執拗に魔術師を付け狙う。その圧倒的な暴力により、いくつもの古代都市が破壊され、人類は滅亡の危機に瀕した。


 そんな時、一人の男が現れる。


『怪物グリムは私が退治しましょう。この「天眼」を持って……』


 長い旅の末、「天眼の勇者」はようやくグリムを封印することに成功する。だがその時には、既に古代文明は壊滅的な被害を受けており、人類はその技術と知識を失っていくことになるのだった。




「勇者の持っていた天眼がどのようなモノなのか、今となっては誰にも分かっていない……魔術なのか、魔道具なのか、別の何かなのか……」


 そう語るマキシマムは、極めて深刻そうな顔をしている。まるで今でもその伝承が生きているかのような口ぶりだ。

 トランが疑問に思っていると、彼は大きなため息を吐いて説明を続けた。


「二十年前、帝国の古代遺跡(ダンジョン)で崩落事故が起きた。その時に、帝国軍が何やら大きな怪物を捕らえた、という情報がある。ずいぶんと弱っていたらしいがね……王国の首脳部は、それが伝承にあるグリムだと判断した」


 帝国の魔導兵器が強力になり、周辺の小国を飲み込んだのもその時期からだ。王国の集めた情報が正しければ、帝国がグリムを捕らえ、その体を研究して軍事開発に役立てていたのだろう。


 トランは生唾をゴクリと飲み込み、マキシマムへと問いかける。


「もしかして最近の魔術師失踪事件は……?」

「確証はないが……帝国がグリムを取り逃がした可能性は十分にある。なにせ、失踪事件が始まったのは皇帝の不審死と同時だからね」


 それが本当なのだとしたら、人類は再び危機に瀕していることになる。そして、ミュカに迫る危険というのも、想像していたより遥かに深刻なものになってくるだろう。


「さて、長くなったがね。実のところ私は、伝承にある天眼というものを再現するつもりでいるのだよッ! それを持って、今度こそグリムを退治する。そうでなければ、安心して新世界など追いかけていられないからね」


 彼はトランに向かい軽くウインクをする。確かにグリムの襲撃に備えるのならば、伝承にある天眼は研究すべき対象だろう。


「トラン君。無理にとは言わんし、手の空いた時で良い。可能な範囲で君にも天眼を追い求めてもらいたいのだよ。それは最終的に、ミュカ君を守ることにも繋がるはずだ」


 そう言って、マキシマムは懐から一枚のカードを取り出す。薄っすらと青みがかった銀色に輝くそれは、素材からして間違いなく高価なものだ。


「最上級の探索許可証。これ一枚で、王国で管理されている古代遺跡(ダンジョン)はいつでも探索可能になるだろう。自由に使ってくれ」


 彼はそれをトランの手にしっかりと握らせると、口の端をニッと上げて「頼んだよ」と呟いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ