作りたいもの
「ようこそトランさん。ここが僕の研究室っす。ちょっと狭いっすけど……あー、そのへんの座布団に座ってください」
そう言って案内されたのは、四畳半ほどの小部屋であった。部屋の隅にはいくつかの部品が転がっているが、一応これでも事前に片付けをしたらしい。
ハンスは魔導ケトルで湯を沸かし、ティーポットに薬草を入れる。
「お茶くらいしか出せないっすけど……」
「いや、気にしなくていいさ。別にそんなのを期待してここに来たわけじゃないからな」
「あ、クッキー! モコの奴が焼いたクッキーが棚にあったはずっすよ! ちょっと待っててください……あー、確かこのあたりに……」
ブツブツと呟きながら小さな物置棚を探り始めたハンスに、なんとなく毒気を抜かれた気になる。
トランのせいで父親が亡くなってしまっいた件は、あえてここでは触れない方が良いだろうか。そんなことを考えながら、トランは彼の背中に声をかける。
「モコっていうのは、あの車椅子の娘か?」
「あ、もしかして昼間のヤツ見てたっすか……? いやぁ、お恥ずかしいっす。なかなか上手くいかなくて……今日相談したかったのも、その歩行補助の魔道具についてなんすけど――」
ハンスは話をしながら、小さな盆にマグカップとクッキー皿を乗せて戻ってきた。
モコという葉緑族の少女は彼の幼馴染なのだが、種族特有の病で身体の筋力が徐々に弱くなっていくらしい。何もしなければ、やがて生きたまま樹木になってしまうのだという。
「筋肉を使わないと身体の硬化がどんどん加速するっすから、今はなんとかリハビリを続けてるんすけどね……」
「なるほどな。それで歩行補助……つまりは少ない筋力で動き回れるようにしようってワケか」
「そうっす。まずは普通に生活してるだけでリハビリになるって状態にしてやりたいと思ってて――」
そんな風にして、ハンスの相談は始まった。
モコの樹化病が発症したのは二年前。彼らがまだ八歳の時だった。
当時王都の飯屋で給仕見習いをしていた彼女は、突然の脱力感と手足の痺れに襲われ、診療所へと運び込まれた。そして、気の毒そうな表情を浮かべた医師から病名を告げられたのだった。
この病への特効薬はなく、治療法も確立していない。患者には、終わりのないリハビリ生活に絶望し、樹木に変わる前に自ら命を絶つ者も少なくないのだという。
話を聞いたハンスは、彼女を救う手段を探して魔道具ギルドへと駆け込んだ。
『それは大変なことだねぇ。そして、よくぞ私のもとまで辿り着いたッ! ウェェェルカムだよッ!』
何度も門前払いを受けながら、ようやく面会することになったギルド長は、彼の話を親身になって聞いてくれた。
『樹化病……古来より優秀な葉緑族が罹患すると言われている病気だな』
『優秀……?』
『そうだ! 葉緑族のエリィィィィィトと言ってもいい。彼らは体内で、太陽の光から魔力を生み出すことができる種族なのだがねぇ。その変換効率が良すぎる個体こそが、樹化すると言われている……まぁ、一般にはあまり知られていない事だがねッ!』
マキシマムの専門は古代技術であり、樹化病についての古い知識も持ち合わせているらしい。もっともその知識の中に、治療法に関するものはなかったようなのだが。
マキシマムはハンスの肩をがっしりと掴む。
『ハンス君、私の弟子になりなさいッ!』
『弟子……っすか』
『あぁ。モコ君の世話もギルドで手配しようじゃないか。ぜひとも私のもとへ来たまえ……!』
そう言うと、彼は大きな手でハンスの頭をクシャクシャと撫でまわす。
『確かに今ここにある魔道具でモコ君を助けるのは困難だろう。ならば、君がそれを作ればいい』
『僕に……出来るっすか……?』
『ハハハッ、それはやってみないければ分からんよ。だが、出来なければ死ぬのはモコ君だ。それに、絵物語に出てくるような万能薬を探し求めるよりは可能性が高いと思うぞッ!」
その言葉に、ハンスは覚悟を決めた。
モコの病気を治す。そのための魔道具を、自分自身が作るのだと。
ハンスは手元の試作魔道具をいじり回しながらトランへの説明を続けた。
「まぁそんな訳で、ギルド長の弟子になったんすよ。で、根本的な治療をするような魔道具はまだ想像もつかないんで、まずは動作補助の魔道具を作ろうと思ったっす」
話聞いたトランの頭には、夢魔族のカチュアのことが浮かんでいた。彼女に作った魔導義手は、ハンスの作りたいものにかなり近いだろう。
もっともモコはカチュアのように完全に腕を失っているワケではないため、そのまま彼女に流用できるわけではないだろうが。
「……分かった。ひとまず、ハンスの魔道具を見せてくれないか。助言できることもあると思う」
「はい。お手数おかけするっす」
「それから、図面も見せてもらいたいんだが」
「あ、今出すっすよ」
ハンスは気軽な様子でそれらを差し出してくる。
職人の中には手の内を明かすことを嫌う者も少なくないのだが、彼の場合は強い目的があるため気にも止めていないのだろう。
トランは図面と実物を見比べながら思考を巡らせる。
どうやらハンスの作った魔道具は、着用者の筋電位を入力信号にして、デジタル魔導回路で出力信号へと変換し、駆動部の人工筋肉を動かしているらしい。
「筋肉の動きを読み取ってから動作を補助する……この方式だと、魔道具側の動作遅延が大きくないか? 着用者自身の動きを邪魔してしまうように思えるんだが」
「まさにそれが問題なんすよ。かと言って、事前にモコの動きを予測することなんてできないっすからね……そこで詰まってて」
「なるほどな」
ハンスはデジタル魔道具についての理解も深く、よく勉強しているのが図面からも分かる。だが、魔道具の目的を考えれば、今の方式のままで問題を解決するのは難しいだろう。
「なぁハンス。古代遺物と現代魔道具の最も大きな違いは何だと思う?」
「違いっすか……。まぁ、古代のやつは複雑すぎて正直ワケが分からないっすが……古いってことくらいしか……」
首を傾げたまま黙り込むハンス。
彼はこっちの方面にはあまり明るくないのだろう。
「古代遺物は、人の魔力を利用して動くんだ」
「魔力……」
「マナと魔導核を中心に構成される現代の魔道具とは違う。使用者の魔力の揺らぎを読み取って挙動を変える魔道具……。ハンスの作りたいものは、そっちに近いんじゃないか?」
この世界には様々な種族がいる。その中には、一見すると細腕だか強い力を持つ者たちもいるのだが、その根本にあるのが魔力だ。
あまり知られていないことだが、人が体を動かす時には筋力のみではなく魔力も利用していることが分かっていた。
「そうだな、魔導義手を例にして話そうか」
そう言って、トランは先日交換したばかりのカチュアの古い義手を取り出した。モコの体のことを思えば、ここで情報を出し惜しみしている場合ではないだろう。
説明を聞きながら、ハンスはキラキラした目でトランの顔を見返した。
「なるほど。兄貴の義手の技術を流用すれば、かなりの部分が解決するっすね……この義手、借りてもいいっすか? 兄貴」
「兄貴……?」
「あ、やっぱり借りるのはマズいっすか」
「いや、それはいいんだが……」
どうやら、ハンスはトランのことを兄貴と呼ぶことにしたらしい。なんとなくむず痒い気持ちのまま、トランは彼と共に魔道具の図面を見ながら一緒に頭を悩ませるのだった。





