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見習いの少年

 アーヴィング家の用事を終えて魔道具ギルドへ戻ると、宿泊所の部屋ではルルゥとミュカが何やら話し込んでいるようだった。ミュカの手にあるのはいつものスケッチブックだ。


 トランが声を掛けると、二人は揃って振り返る。


「マスター、おかえりー!」

「おかえりなさい、トランさん。わたくし、昨晩はすっかり眠ってしまっていたみたいで……」


 長旅の疲れが出たのか、ミュカは今朝かなり遅く起きたようだ。

 今回、王都までの旅は一週間ほどかかった。快適な生活ができるようトレーラーを準備していたとはいえ、やはり移動しながらの生活は心身ともに負担が大きかったのだろう。


「少しは疲れが取れたか?」

「はい、もう大丈夫です」

「なら良かった。それで、何を描いてたんだ?」


 トランは彼女のスケッチブックへ視線を移した。


「えぇ、少し暖かくなってきたので、新しい春服の相談を。このあとルルゥ師匠と一緒に布地を見に行こうと思ってるんです」


 そう言ってミュカは少し照れくさそうに笑う。その横では、ルルゥもなんだかワクワクした顔をしていた。

 最近の二人は師弟というより姉妹のような間柄に見える。描かれているイラストでも、どうやら色違いでおそろいの服を作ろうとしているようだ。


 トランは微笑ましい気持ちになりながら、コホンと咳払いをして気を引き締める。


「二人で買い物に行くのはいいが、念のため護身用の魔道具の動作確認をしておこうか」


 ミュカはコクリと頷いて胸元からペンダントを取り出す。それは小さな魔導核(コア)をふんだんに使った高機能な魔道具だった。

 トランが旅の間に作ったもので、護身用の結界障壁から位置情報の発信まで、有事に備えて様々な機能が組み込まれている。トランは一つひとつの挙動を確認していった。


「……ソウリュウに会ったんだ。また後で話すけど、失踪事件はかなり厄介なことになってるらしい。外では気をつけてな」

「わかりました。十分に注意して行きますね」


 ミュカはトランの手をとってニコリと笑う。

 一方のルルゥは、小さな椅子に腰を下ろし、顎に手を当てて買い物リストをチェックしているようだった。


「マスターはこのあと、事務仕事?」

「あぁ。口座残高がまたかなり増えてるみたいだからな。どこにいくら寄付するのかを決めないと」


 いつも寄付をしている孤児院や診療所からは挨拶の手紙を預かっている。

 また、新たに寄付を希望している施設などもいくつかあるらしい。ある程度は魔道具ギルドの方で絞ってくれているが、トランの方でも怪しげな団体に金が流れないよう調査はしっかりとする必要があるだろう。


「トランさん。出発前に……その……」

「あぁ、吸血だな。ルルゥ」

「はいはーい、私は向こうに行ってるよぅ」


 トランはすっと前に出てミュカの銀髪を撫でる。

 吸血行為はすっかり日課となっているが、ミュカは未だに恥ずかしさが抜けないようで、真っ赤な顔をしてトランの肩に顔を埋めた。




 今日の分の事務処理が終わったのは、昼過ぎのことだった。遅めの昼食を取ろうと執務室から廊下へ出る。

 昼食が済んだら、午後はハンスの研究部屋を訪れる約束になっている。また、夜にはギルド長マキシマムと会食をする予定だった。なんだかんだと慌ただしくなりそうだ。


 ギルド本部の食堂は有名なシェフを引っ張りこんだようで、食事はどれも美味しい。今日のメニューは何かと楽しみにしながら、トランが廊下を歩いている時だった。


「おいおい、またやってるぜ」

「ったく。懲りねぇなぁ、ハンスの奴は」


 そんな話し声に目を向ける。

 そこでは見習い職人らしき二人の少年が、肩を並べて窓の外を眺めていた。気になってその視線を追うと、外に立っているのはハンスだった。


 日の射し込む明るい中庭。ハンスの押す車椅子には、一人の少女が乗っていた。肌がうっすら緑がかっているのは、葉緑族(ドライアド)の特徴だ。緩く縦巻きにされた長い髪は、深緑に白の混じったクローバーのような色をしている。


 廊下に佇む少年たちは、ニヤニヤと笑みを浮かべながらハンスたちの様子を見た。


「ハンスの失敗に銀貨一枚」

「俺も失敗に一枚」

「馬鹿、それじゃあ賭けが成立しねぇだろ」


 ハンスは背中の魔導袋から何かの装置を取り出した。どうやら、車椅子に座っている少女の足に取り付ける魔道具のようだ。何かを話しながら、丁寧な手つきで準備を進める。


 ほどなくして、ハンスは車椅子から手を放し、数メートル先まで駆けていく。立ち止まって振り返ると、少女に向かって両手を大きく広げた。

 一方の少女は、車椅子の取っ手を両手でグッと押し、ゆっくりと立ち上がる。


「お? おいおい、モコが立ったぞ」

「マジかよ……初めてじゃねぇか」


 からかうように見ていた少年たちは、驚いたように顔を見合わせた。おそらくこれまでは、あのように立つことすらままならなかったのだろう。


 モコと呼ばれた少女は、そのままゆっくりと足を持ち上げる。そして小さく一歩、確かに歩いた――ように見えたのだが。

 残念ながらそのままバランスを崩し、地面に倒れ込んでしまった。


 ハンスは慌てた様子で彼女に駆け寄る。

 一方で廊下の少年たちは、安堵と嘲りの混じった不快な笑い声を上げた。


「やっぱりダメだな、ハンスは」

「ダメ職人の息子は今日もダメでした、と」


 少年たちの心ない言葉に、トランは頭に血が上るのを自覚しながら、彼らのもとへと歩み寄っていった。

 トランの足音に気がついた少年たちは、さっと振り返るとバツの悪そうな顔をする。


「おい、お前ら。さっきの言葉はなんだ。なぜハンスを貶している。今の実験に笑えるようなところは無かったと思うが」

「そ、そんなにムキにならないでくださいよ。俺はダメ職人をダメって言っただけで……」

「ダメ職人? あいつの何がダメなんだ」

「いや、その……」


 少年たちを睨みながら、トランの頭には疑問が渦を巻く。

 それほど長く接したわけではないが、ハンスは決してダメな職人などではなかった。技術の雑談にもついてこられるし、見せてもらった自作の魔道具も丁寧な作りをしていた。魔道具作りに真摯に取り組んでいるように思えたが。


「あの、もしかして知らないんですか?」


 少年の一人は、ヘラヘラと笑いながら窓の外を指差した。


「ハンスの親父、首を吊ったんですよ。デジタル魔道具が流行って、古い魔道具だけで食っていけなくなったとかで」

「は……?」

「つまり、デジタライズさんを王都から追い出した張本人なんですよ、あいつの父親は。そのせいであなたの研究が止まって、魔道具の歴史が何十年遅れることになったか……」


 苦々しい顔で吐き捨てる少年の言葉。


――ハンスは自殺した魔道具職人の息子だ。


 その事実に、握りしめていた拳からスッと力が抜けていき、トランの頭は真っ白になった。


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