魔道具ギルドの長
「ウェェェェェェルカァァァァァァムッッ!」
それは爆風のような咆哮だった。
トランたちの前では熊手族の大柄な男が両手を広げ満面の笑みを浮べている。
トランはキーンと痛む耳を押さえながら横に視線を向ける。すると、ミュカもまた両手を耳にあて涙目になっていた。
「ハハハッ、トラン君とルルゥ君は一年ぶりだね。そしてウェェェルカムッ、ミュカ君。魔道具ギルドへよぉぉぉうこそッ! 私がこのブライアス王国の魔道具ギルドで長をしている、マキシマム・シルバ・ネポルスだ、ハーッハハハハハハハ――」
そう話ながら、トランたち一人ひとりにハグをして背中をバンバンと叩いてくる。
ギルド長マキシマムは銀級貴族家の当主という相当な権力者なのだが、こうして話している分にはただの声が大きいオジサンといったところだ。態度も気安く、人に緊張を強いるような雰囲気もない。
(そういえば、この人は昔からこうだったな……しばらく会ってないから忘れてた)
思わず苦笑いしながら、勧められたソファに腰を下ろす。
ここは王都の冒険者ギルド本部、その最上階にあるギルド長の執務室だ。
この施設が建っているのは、貴族街にほど近い小高い丘の上。真っ白な外壁の巨塔は昨年建てられたばかりで、トランも訪れるのは初めてである。
トランの隣でマキシマムに圧倒されていたミュカは、遠慮がちに頭を下げる。
「……初めまして。わたくしはミュカ・ゴルド・アーヴィング。トランさんの婚約者です」
「ハハハッ、よろしく頼むよ。実のところ初対面というわけでもないのだがね」
「え?」
「といっても、ミュカ君がずいぶん幼い頃さ。娘のユリシアが君の従者に内定した時に、顔合わせの場で少しだけ会話をしたことがある。いやぁ、大きくなったねぇ! ハハハハハッ」
ギルド長マキシマムは笑いながら対面のソファにドカリと腰掛けた。
彼は政治を早々に息子たちに任せ、趣味の魔道具研究に没頭する変わり者として有名だ。冒険者以上の自由人とも呼ばれるその性格は、娘のユリシアとは真逆と言っていいだろう。
まだ少し緊張しているミュカ。
その膝の上に、ルルゥが飛び乗った。
「ギルド長! 新しい魔道具ギルド本部、すっごく綺麗だねぇ。前と比べて開放感が段違いだよぅ」
「そうだろう、ルルゥ君。見たまえッ!」
そう言って、マキシマムは両手を広げる。
「例えばこの執務室なんかは、天井を高ぁくして、窓を広くとったのだよ。一見無駄に思える空間こそが、過ごすときの快適さに繋がっているものさ」
「へー、すごいなぁ」
「ハハハハハ、もっともっと褒めたまえッ!」
「いよっ、名物ギルド長!」
「マァァァァキシマムッ! フハハハハハ――」
マキシマムは妙なポージングをしながら楽しそうに笑う。ルルゥが「ピクピクしてるよ、ナイス熊耳っ!」「熊の魔物に殴り勝つ気かーいっ!」などと合いの手を入れていると、彼は上着を脱いで筋肉を見せつけ始めた。
目を丸くするミュカの隣で、トランは顎に手を当てて考える。以前の魔道具ギルドはもっと小さな建物で、従業員の数も今ほど多くはなかったが。
「ギルド本部って、こんなに大きくする必要があったのか? 無駄なスペースもありそうだが」
「ハハハハハッ、それは追々な。何より、新しくて大きいものは良いものさッ! ハーッハハハハハハハハハハハハ」
マキシマムは楽しそうに大きな体を揺らす。
そんな彼の向こうでは、気だるげな長耳族の美女が身支度を整えているところだった。彼女は昔からギルド長の秘書をしているカナエという女性だ。
「ギルド長。そろそろ定時ですので帰ります」
「ハーッハハハハハハハ、お疲れ様ッ! ちなみにお客様へお茶を淹れてくれる気はないかねッ?」
「エステの予約がありますので」
「オーウッ、カナエ君は相変わらずだなッ! いいだろう、帰りたまえッ!」
「失礼しまーす」
カナエは洒落たバッグを肩にかけ、悠々と部屋を出ていった。いつも通りのマイペースさだ。
ちなみに彼女は、トランが幼い頃から秘書をやっている。いつまでも見た目の変化が全くなく、年齢から何から全てが謎だった。
「そういえば、うちのユリシアがトラン君のところに行ったみたいだねッ! あの性格ならずいぶん面倒をかけたろう? 大変だったんじゃないかね」
「あ、いや……」
「皆まで言わなくていい。いやー悪かったね、まったく。アレは母親の方に性格が似てしまってなぁ……しかもミュカ君への好意は、執着を通り越して崇拝の域に達している節があるからなッ」
彼が当主を務めるネポルス家は、高貴な家柄によくあるように妻や妾を何人も迎え入れる家柄だ。ユリシアは三人目の奥さんとの子らしい。
そもそも銀級貴族とは、ブライアス王国に現在三十ニ家しかない貴族の名家であり、実質的に王国の領地を管理している領主階級だ。
その中でもネポルス領は王国の南西部に位置し、数十の町村からなる広大な領地である。また、古くから金級貴族アーヴィング家の寄子として重用されてきた。ユリシアがミュカの従者をしていたのも、そういった家のつながりからだろう。
「それにしても、あの幼かったトラン君が結婚か。しかも相手はアーヴィング家のミュカ君。感慨深いものがあるね……」
マキシマムは何やらジッとトランの顔を覗き込んでくる。そして少しだけ目を瞑ると、ふぅと息を吐き出した。
幼い頃のトランは父親から魔道具作りを習いながら、自主勉強としてギルドの資料室に篭もっていた時期がある。マキシマムはそんなトランの質問に答えたり、禁書の類をこっそりと見せてくれたりしたのだ。当初は彼がギルド長だとは気づかず、ただの不良ギルド職員だとばかり思っていたのだが。
「ハハハッ、さーて。積もる話もあるが……まずその前に。トラン君には王都滞在中の案内役をつけることにしたのさ!」
「案内役……?」
「そうだ、なにせ新しいギルド本部は広くて、いい大人が迷子になるくらいだからねッ! もうすぐ来ると思うが」
そう話していると、部屋の扉がコンコンと叩かれる。現れたのは一人の少年だった。
「ギルド長、何か御用っすかー?」
ツンツンした赤毛の丸耳族で、年齢は十歳ほどだろうか。大きなゴーグルを額にあて、そばかすのある鼻を擦りながら部屋に入ってくる。
「やぁ、待っていたよハンス。彼がかの天才魔道具職人トラン・ブロン・デジタライズだッ! 今回の王都滞在中、彼の案内役を頼むよ」
「あ、例の件っすね。分かったっす。トランさん、よろしくお願いします」
そう言って、彼は満面の笑みを浮かべ、トランへ向かい深々と頭を下げたのだった。





