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魔術師の失踪

 魔導バイクで牽引してきたトレーラーは、扱いとしては商人の大型馬車などと似たようなものだ。酒場のそばにある馬車置き場では、箱馬車や幌馬車などと並んだトレーラーが異様な存在感を放っていた。


 現在ルルゥは小さな荷車を引いて買い出しに行っており、トランとミュカは二人でトレーラーへ補給品の検品と運び込みをしているところだった。


「トランさん。マナ結晶はこんなに必要なんですか? ずいぶん大量な気がしますが……」


 吸血族(ヴァンパイア)は細腕ながら力が強い。こういった荷運びにおいては大活躍だ。

 トランは納入された魔物の魔導核(コア)を一つひとつ確認しながら、ミュカの問いに答えた。


「できるだけマナ結晶は里で買い込んでいきたいんだ。王都で買うと無駄に高いからな」

「えっと……そうなんですか?」

「このあたりは魔樹が多い。マナ結晶がよくとれるから、商人たちも名無しの里で安く仕入れて、それを王都や帝都に卸してるんだ。里の外で買うってことは、ざっくり言えば商人たちの経費や利益の分、価格が上乗せされるってことだから」


 マナ結晶を得る方法はいろいろとあるが、最も一般的なのは魔樹の果実を煮詰める方法だ。


 都市の近くには魔樹園を経営しているマナ農家もいるが、この里ではわざわざ育てなくてもそこら中に魔樹が自生している。それだけで、生産にかかる手間は段違いであった。

 マナ結晶の販売はこの里の主要産業でもあるため、住民の中でも手に職のない者は生産工場で働く者も多い。


「まぁ別に、金に困ってるわけじゃないけどな」

「そういえば、トランさんもルルゥ師匠も、ずいぶん節約志向ですよね。財産は寄付するほど余っているのに」

「そうだなぁ……。こればっかりは性格だろうな」


 そういうミュカも、モノを無駄にするような行動はあまりしない。それは一般的な貴族令嬢らしくない部分でもあり、トランやルルゥと上手くやっていけている理由のひとつだろう。



 そんな話をしながら、二人がのんびりと物を整頓していると。


 コンコン。

 トレーラーの扉が叩かれる。


「あ、はーい。今出ますね」


 ミュカは軽く返事をして、トレーラーの扉を開けた。


 そこにいたのは、狩人姿のキリコだった。

 手には大きな布袋を持っていて、汚れた身体からは血の臭いが漂っている。狩りから帰ってきたばかりなのだろう。


 彼女はトレーラーに入ってくることなく、トランとミュカを外に手招きした。


「トラン。これを渡しにきた」


 差し出した袋には、大小様々な魔物の魔導核(コア)が大量に入っていた。

 それは以前、入手できたら譲ってほしいとキリコに頼んでおいたものである。強力な魔物のものも含まれていたが、今回の王都への出発にあわせ急いで狩って来てくれたのだろう。


「なんだか悪いな、キリコ。本当に助かるよ」

「気にしなくていい。わたしもいつもお世話になってる。それに……」

「ん?」


 なにやら言い淀んだキリコに、トランは首を傾げる。その横で、ミュカはハッと表情を変えて手を叩いた。


「そうだ、キリちゃん。もしよろしければ、お茶でも飲んでいってください。今淹れますので」

「いや、今はいい。狩りのすぐ後で、血の臭いが酷い。汗もかいたから、早くお風呂に入りたい」

「そうですか……」

「また後で魔物肉を持ってくる。その時は、トレーラーの中をゆっくり見せてもらいたい。ずっと気になってたから」

「わかりました。ではお待ちしてますね」


 ミュカはスカートを摘んで一礼すると、ニコリと微笑んだ。


 キリコはおそらく、トレーラー内に血の臭いを撒き散らさないよう気を使ってくれたのだろう。なんとなくだが、初めて会った頃と比べて少し大人びたように感じる。


 そんなことを考えていたトランへ――キリコは急に、鋭い視線を向けた。


「トラン、気をつけた方がいい。ミュカのこと、普段よりしっかり守るべきかもしれない。わたしの杞憂ならいいけど」

「ん? どういうことだ」


 キリコは難しそうに眉間にしわを寄せ、少しだけ周囲に目配せをしたあとで、声のトーンを落として話し始める。


「最近、国を跨いで妙な失踪事件が多発している。東にある王国領でも、西にある帝国領でも、南にある連合国領でも……行方不明になる人が続出している、みたい」

「あぁ。そんなような物騒な話は、俺もチラッと聞いたが。それが何か、ミュカと関係が?」

「ある……かもしれない」


 そう言って、心配そうにミュカをチラリと見る。


「狙われているのは、強い魔力を持つ者らしい」

「強い魔力……?」


 それが狙われる条件なのだとしたら、確かにミュカは気をつけたほうがいいだろう。彼女はその血統のためか、鍛えている本職の魔術師に劣らない魔力量を持っている。


「古い魔術師の家系は、貴族のことが多いから守りは堅いけど。ミュカみたいに、国の守護を受けていない魔術使いは……」

「狙われやすそうだな」

「うん。この近くでも、一人暮らしをしてた魔術師のお婆さんがいなくなったって。冒険者たちが訪ねていったら、家が壊されてたらしい」


 トランにとってその話は初耳だった。

 敵の目的は分からないが、もしそれが本当ならこの辺境にも何者かの手が伸びている可能性があることになる。


「トランなら……その魔導核(コア)があれば、ミュカを守る魔道具も作れるかなと思って。だから、出発する前に急いで採取してきた」

「キリちゃん……!」

「あぁ、任せてくれ。そう簡単にミュカに手出しはさせないつもりだ」


 キリコはコクリとうなずき、抱きつこうとするミュカの手をするりと逃れると、満足したように手を振って去っていった。




 ほどなくして、小さな荷車を引いたルルゥが元気そうに跳ねながら帰ってきた。


「マスター、ただいまー!」

「おかえり。買い出しありがとな」


 彼女は不足していた食料品や日用品など、細々とした買い物をしてきてくれたらしい。

 ちなみにこの荷車にも空間圧縮の魔導がかけられているため、見た目より遥かに物が載っている。既にトレーラーへ積んだ分と合わせれば、相当な量になるだろう。


 トランはルルゥの頭を撫でながら、先ほどキリコから受け取った布袋を持ち上げる。


「ルルゥ。帰って早々悪いんだが、これから新しい魔道具を作ろうと思うんだ。トレーラーの作業室に少し篭もるから……」

「はいはい、わかったよぅ。ミュカっちと一緒に、準備の続きをやっておくね」


 そう言って、ルルゥはニヤニヤと笑う。


 一体何が可笑しいのだろう。

 トランが首を傾げていると。


「えへへ、気にしないで。マスターはマスターらしく、好きなことをすればいいんだよぅ」

「ん?」

「さぁ、ミュカっち。私たちは片づけを済ませちゃうよ。明日すぐ出発できるようにね」

「はい、ルルゥ師匠」


 ルルゥの意味深な笑みは気になるが、あまり考えても仕方ないだろう。

 トランはなんだか楽しそうなルルゥとミュカをその場に残し、トレーラー内の作業室へと向かったのだった。


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