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できることを

 ワイバーンとは、空の狩人とも呼ばれる凶悪な魔物である。赤茶色のゴツゴツとした肌に、力強い凶悪な顎。大きな翼で上空から人々を観察し、一度狙いを定めれば仕留めきるまで執着する。


 繁殖力は竜よりも高く、ひとたび出会えば被害は甚大だ。旅人に最も恐れられている魔物のひとつであり――それが今まさに、ミュカたちへ喰らいつこうと向かって来ていた。


「ミュカっ」

「――避けますっ!」


 瞬間、ミュカの背中から羽が消える。


 両腕に卵とキリコを抱えたまま自由落下を始めた彼女を、ワイバーンは取り逃がした。飛んできた勢いのまま大きく通り過ぎる。


「〈天駆氷羽(アイス・ウイング)〉ッ」


 ミュカは再び背中に羽を生やし、空を滑る。


 初撃は無事に避けられたが、これで諦めるような魔物ではない。

 その上、キリコは額に脂汗をかいて辛そうな顔をしていた。怪我が治っていない状態での急制動は体への負担が大きいのだろう。


「キリちゃん!」

「私のことはいい。何か手はある?」


 キリコの問い。

 答えに詰まるミュカ。


 だが、ワイバーンは悠長に待ってはくれない。

 上空で身体を翻して、腹に響くような不吉な咆哮をあげる。そして、彼女たちへ向かって再び滑空してきた。


 ミュカは真下に向かって落ちるように飛ぶ。


「わたくしには飛ぶことしか」

「……わかった。なら私がやる」

「えっ、それは」

「――〈鬼人化(デーモナイズ)〉」


 ドクン。

 キリコの体が脈打ち、肌が赤黒く染まる。頭の二本角がギチギチと音を立てて伸び、両手の指先が鋭く尖った。


 それは、鬼角族(オーガノイド)の奥の手。

 コォォォォ……体内を荒れ狂う熱が、吐息となって口から漏れ出る。


「ミュカ。ワイバーンが来たら、私を投げて」

「そんなっ、キリちゃんは怪我をして」

「できる人が、できることをやる。じゃなきゃ全員が死ぬだけ。私は大丈夫だから、信じて」


 ワイバーンの巨体が近づいてくる。

 迷っている暇はない。


 ミュカは顔を大きく歪ませて、キリコを投げた。


「――ミュカ、あなたは死なせない」

「キリちゃん!?」


 飛んでいくキリコはにっこりと笑っていた。

 ミュカの絶叫と、ワイバーンの咆哮が重なる。


「キシャアアアアアアアアアアアアア」


 ワイバーンは大口を開けて、飛んでくる獲物を待ち構えていて――。


「ごめんね。私、体を張る気はあっても、綺麗に死ぬ気はないの」


――キリコは腰のポーチからハンマーを取り出し、ワイバーンの頭を真上から打ち抜いた。




 ミュカたちとワイバーンとの攻防に、トランは肝を冷やした。


 キリコの戦闘力は凄まじかった。

 彼女はワイバーンの牙や爪をハンマーで巧みに弾いて背中に飛び乗る。足の怪我を感じさせない機敏な動きで、翼の付け根を中心にダメージを与えていく。


 ワイバーンは暴れながら、長い尻尾でキリコを振り払おうと必死だ。その下を旋回するミュカは、キリコがいつ落ちてきても良いよう待ち構えているようであった。


 彼女たちは揉み合いながらゆっくりと降りてくる。一見すると有利にことを運んでいるようだが、キリコも無傷というわけではない。ジリジリと追い込まれながら、なんとか抵抗しているに過ぎなかった。


「……準備だけはしておくか」


 トランは魔導バイクの荷物スペースから、自身の身長と変わらないほど長い筒を取り出した。台座を取り出して組みあげ、筒の先をワイバーンの方へと向けて固定する。


 ソウリュウはトランのすくそばに寄ると、その魔道具を不思議そうに眺めた。


「旦那、これは何の魔道具だァ?」

「魔導砲。アーティファクトを模して作った兵器ってところだが……一発撃つと壊れる代物だ。こんなこともあろうかと、一応持ってきたんだ」


 説明をしながら、片腕ほどもある魔導弾をセットする。これは魔導銃に込めるものよりかなり大きく、作成にかかる手間も段違いだ。


「ねぇマスター、この距離で届く?」

「厳しいな。もう少し降りてきてくれればいいんだが……。それに、キリコがワイバーンの背から離れてくれないとな」

「んー。じゃあ、私が行ってくるよぅ」


 そう言うと、ルルゥもまた準備を始めた。

 魔導バイクの荷台からバックパックのようなものを取り出し、よいしょと背負う。そして、専用のヘルメットとゴーグルを装着した。


 その様子を、ソウリュウはまじまじと観察する。


「なんだ、嬢ちゃんも飛べたのか?」

「うん、そうだよぅ。まぁ重いモノとかは運べないから、救出活動とかはムリムリだけどね」


 それでも、今の状況なら彼女は大きく役に立つことになるだろう。トランはルルゥの頭をヘルメット越しに撫でた。


「面倒をかけて悪いなルルゥ。ミュカ達を助けてやってくれ。それから、この魔道具を」

「了解だよぅ」


 ルルゥはトランからいくつかの魔道具を受け取り、制御用の肩紐を引く。すると、バックパックの下側からは青白い炎がゴゴーッと吹き出した。


「じゃ、行ってきまーす」

「気をつけて、安全第一でな」


 上空へと打ち上げられていくルルゥを眺めながら、トランは込み上げる不安を飲み込み、頬をパンと叩いた。


「ちっ……仕方ねぇ。俺も奥の手を用意する」


 そう呟いたソウリュウは、先ほどまで大事そうに磨いていた魔槍へと魔力を込め始めた。




 じわりじわりと高度を下げながら、ミュカは考え続けていた。


 キリコを手放したことで空いた片手には、攻撃用の魔術が展開されている。しかし、キリコとワイバーンは今もなお激しく動き続けているため、下手に魔術を射出することができないのだ。


 するとそこへ。


「ミュカっち! 助けに来たよぅ」

「ルルゥ師匠!?」


 現れたのはルルゥだった。

 敬礼をビシッと決めながら、ミュカに並んで飛ぶ。そして、彼女の片手を塞いでいる卵へと近づいていった。


「この状況なら、まずは卵を捨てなよぅ」

「あっ! お、思いつきませんでした……」

「そういうところがミュカっちだよねぇ。マスターから良い魔道具を借りてきたから、ちょっと待ってね…………はい。卵を離していいよ」

「は、はぁ」


 ミュカが右手の魔術を解除する。

 すると、卵は地面に向かって真っ直ぐ落ちていった。この高さからだと、卵は地面にぶつかって割れてしまっているだろう。


「し、師匠……?」

()()()、説明はあとでね」


 そう言うと、ルルゥは通信機を取り出す。

 中央のボタンをカチリと押しながら、大きな声で話しかけた。


「キリっち。こちらルルゥ。聞こえる?」

『――っ。うん』

「ミュカっちのところまで飛んできて」

『でも――』

「反論はいらないよぅ。やれる? やれない?」

『……やる』

「うん、頑張ってね。ミュカっち、落ちてくるキリコっちをキャッチしてあげてるんだよぅ」

「わ、わかりました!」


 サクサクと場を取り仕切るルルゥは、魔導袋に通信機をしまいこみ、代わりに球体状の魔道具を取り出した。


 ほどなくして、ワイバーンの背を蹴るようにして人影が跳ぶ。ミュカはバサバサと羽ばたくと、無事に彼女を回収する。


 当然、ワイバーンもそれを追ってきて――。


「ふへへ、これでも喰らうんだよぅ!」


 ルルゥの投擲した球体が、ワイバーンのそばで破裂する。次の瞬間、紫色の雷がその巨体を覆い尽くした。


 魔導爆弾〈紫電〉。

 トラン秘蔵の魔道具によりワイバーンは身体を硬直させ、体勢を崩して落下していった。


「ミュカっち、今!」

「――現象魔術、〈凍結矢(フリーズ・ボルト)〉ッ!」


 ダメ押しとばかりに放たれたミュカの魔術は、ワイバーンの片翼の根元を凍りつかせる。


「キシャアアアアアアアアアアアアア!」


 ワイバーンは激しく身をよじった。

 だが、翼を上手く動かせない現状では、ただ落ちていくことしかできない。


――すると、地上から一筋の炎が走った。


 それは命中する間際に炎の猛獣の姿となり、ワイバーンの体を腹から食い破る。トランが魔導砲で放った特殊な砲弾の効果だ。


 今回の砲弾に用いられていたのは、フレアタイガーという獰猛な魔物の魔導核(コア)である。炎を身に纏い、相手を焼き喰らう凶悪な魔物。その素材を利用した弾もまた強力なものであった。


「キシャアアア……」


 全身を焦がしながら落ちていくワイバーン。

 勝利を目前に空気が緩みかけた、その時だった。


――突如、ワイバーンは大きく口を開け、空気中のマナを収束させはじめる。


「ミュカっち、ブレスが来るよぅっ!」

「っ!?」


 ワイバーンは通常、空を飛びながらブレスを吐くことはない。一度に使える魔導はひとつだけで、飛行補助と魔導攻撃は決して両立できないのだ。


 つまり今は……飛ぶことを諦めてでも、ミュカたちを道連れにすることを選んだ。そういうことだろう。


「グルルルルルルルルル――」


 今まさに、ブレスが放たれる。

 身構えるミュカ。それを庇うように、キリコは身を乗り出そうとして――。



 次の瞬間、地上から飛んできた一本の槍が、一瞬にしてワイバーンの首を刈り取った。



 槍はそのまま空中で燃え尽き、ワイバーンは力を失って地上へと落下していく。その様子に、ミュカはようやく胸を撫で下ろし、キリコはまっ青な顔をして意識を失った。


 ルルゥはミュカの腕へガシッとしがみついた。

 どうやらバックパックの燃料がついに切れたようだ。


「ふぅ。お疲れ様、ミュカっち。ミッションコンプリートだよぅ」

「ありがとうございました、ルルゥ師匠」


 ワイバーンの咆哮はもう聞こえない。

 沈んでいく夕日を見ながら、ルルゥとミュカは気が抜けたように笑い合うのだった。


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