ミュカの魔道具
ソウリュウのために薄い布団を持って戻ってくると、応接間の空気はずいぶんと落ち着いたものになっていた。
ルルゥはカチュアを椅子に座らせ、お茶を飲ませながら背中を擦って慰めている。その傍ら、ミュカはキリコと話をしながら、スケッチブックに鉛筆でラフな絵を描いているようだ。
「うーん……確かにハンマーが武器ですと、狙う獲物によっては戦いにくいですよね」
「そう。陸亀系なんかの硬い魔物と至近距離で戦うにはいいけど、狩人としては微妙。他の狩人だと、弓矢や罠を使って狩りをする人が多い」
鬼角族は筋力こそ強いが、他種族に比べて不器用な傾向がある。キリコも例外ではなく、弓矢や投槍などをいくら練習しても狙った場所に飛ばすことは難しいらしい。
トランは二人の会話を聞きながら、ソウリュウを布団の上に転がして薄布を掛ける。今のところ彼が目を覚ます様子はなさそうだ。
「普段はどうやって狩猟をしているのですか?」
「……罠を張る。で、ハンマーで獲物を殴り飛ばす。獲物が罠のところまで飛んでいけば成功。成功するまで繰り返すけど、大抵は途中で獲物が死ぬ」
「それは……ワイルドですね」
想像以上の力押しだった。
彼女は標準的な狩人の枠に収まる少女ではないようだ。それは自分自身でもわかっているようで、うつむき加減に手のひらをジッと見つめている。
「わたしはハンマーを思い切り振るうだけ。離れた獲物は狙えない。弱い魔物へも手加減できない。すぐにでも独立したいのに……このままではいつまでも一人前になれない」
なんとなくだが、キリコは少し焦っているのではないだろうか。トランだけでなく、ミュカもまた同様のことを感じたらしい。
「キリコさんは、どうしてそんなに早く一人前になりたいのですか?」
問いかけたミュカに、キリコはジッと動きを止めて、少しずつ言葉を零した。
「……いつまでもバカ師匠の世話になっていたくない。一人前になって、師匠のもとを離れて、ひとりで生きていきたい……。最近、そう強く思うようになった」
キリコの視線は、眠る師匠を向いている。
ミュカも思うところがあったのだろう。コクリとひとつ頷くと、真剣な目で鉛筆を走らせた。
スケッチブックには、キリコの武器の絵がいくつか描かれていた。ミュカはそれを描いては見せ、見せては悩みながら、キリコの要望を少しずつ聞き出していく。
「では、こんな感じでハンマーを投げるのは?」
「投槍と同じ。わたしは不器用だから、あてる自信が皆無。ハンマーは金属部分が多いから、師匠のように気軽に武器を浪費するわけにもいかない」
「では……こっちの、ハンマーの柄がニューっと伸びるのはどうでしょう?」
「試してみないとわからないけど……あまり長すぎてもまともに扱えない。それから、ハンマーの改造はたぶん魔道具職人じゃなくて鍛冶師の領域」
「なるほど……そうなると……」
「いろいろ描いてもらっていてわかった。わたしの問題は、そもそもの不器用さが原因」
そう聞くと、ミュカは少し悩みながら再びいくつかの絵を描いていく。
トランにはできない芸当だが、依頼人とイメージを擦り合わせるという意味では、その場で絵を描けるのは非常に役立つ技能だろう。
「……では必要なのは、装備すると器用になる魔道具だったり、不器用でも的にあてられる道具だったり。そういうものかもしれませんね」
「そんな魔道具、あるの?」
「それは……トランさんに聞いてみないと」
そう言って、ミュカはトランに少し困ったような視線を向けてくる。
彼女の頭の中には、トランの魔導銃のことがあるのだろう。あれならば、器用さに関係なく自動で獲物を追尾し仕留めることができる。
ただ、魔導銃そのものをキリコに売ることはできない。その存在をキリコに話してもよいかについても、ミュカには判断できない様子だった。
トランは少し気まずく思いながら、二人に向かって話し始める。
「そうだな……。容易に手に入るもので、そういう類のものに心当たりはないな。仮になにか新しく作るとしても……俺は可能な限り、戦争に役立ってしまう魔道具は作りたくないんだ。王国も帝国も、そういったものを欲しがっているから」
トランの言葉に、二人はハッと気づいたように顔を見合わせた。そういった都合上、狩人にとって直接役立つような魔道具はあまり提供できないだろう。
ミュカは難しい顔をしながら、鉛筆をサラサラと動かす。
「……ではせめて、こういうものは作れないでしょうか……?」
そう言ってミュカが見せてきた絵は、トランが想像もしていなかったものだった。
キリコは納得したようにポンと手を叩き、トランもまた思わず感心して深く頷いた。
キリコのための魔道具が完成したのは、それから数日後のことだった。
工房の作業室の片隅では、ミュカがキラキラとした目をしていた。出来上がったばかりの腕輪を光にかざし、満足そうな笑みを浮かべている。
「ありがとうございました、トランさん」
「それほど難しい魔道具ではなかったからな」
「それでもです。頭に思い描いていたものが、実際に目の前にこうして現れるのは……なんと言いますか、感動してしまいますね」
ミュカの言葉に、トランは昔のことを思い出していた。
自分で考えたモノが目の前で形になる。
それはとても甘美な経験で、職人としてのモチベーションの源泉でもあった。どんなに製作に苦労しても、最終的にはそれがあるからこそ魔道具を作り続けて来られた。トランはそんな気がするのだ。
「でも、よろしかったんですか? トランさん」
「ん?」
ミュカは手の中で魔道具を転がしながら、少しバツが悪そうにトランを見た。
「新しい魔道具の作成依頼は受け付けないっておっしゃっていましたから。今回こうして作ることになったのは、わたくしのせいかなと……」
「あぁ、気にするな。作ること自体が嫌だってわけじゃない。それに、流石にこれはキリコ以外には需要もなさそうだからな。大した影響はないだろう」
トランは小さく笑いながら、魔道具製作用の道具を布で磨いて箱にしまう。
その傍ら、ミュカは腕輪の内側を眺め、「あっ」と何かに気づいたような声を出した。
「……この魔道具の刻印。トラン&ミュカとなっていますけれど……」
「あぁ。実際にモノを作ったのは俺だけど、これはミュカの魔道具だからな」
「ふぇっ!?」
驚いた顔で固まるミュカに、トランは思わず笑い声を上げてしまう。自分の名が魔道具に刻まれることなど、想像もしていなかったようだ。
なんだかおかしな気持ちのまま、トランは彼女の頭をポンと撫でた。
「俺にはない発想だった。古代遺物チックな曲線の多いデザインも、俺には描けないしな。素直にすごいと思ったよ。これは間違いなく、ミュカの魔道具だ」
「わ……わたくしの魔道具……?」
ミュカは腕輪をギュッと胸に抱きしめた。
顔を上気させ、なぜか少し泣きそうな目をしながら、ニコリと口角を上げる。
「ミュカ。気が向いたら、これからも魔道具のデザインなんかを描いてくれないか。実際に作るのは俺に任せてくれればいいから――」
トランがそう話している時だった。
作業室の戸が開き、入ってきたのはルルゥ。
そして彼女の後ろから、竜鱗族のソウリュウが現れた。彼は柄にもなく焦っている様子だ。
「マスター、緊急! キリっちが大変だよぅ」
「すまねェ。旦那、ちぃと手ぇ貸してくれ」
そう言って頭を下げる。
先日の彼からは考えられないしおらしい態度だ。
「キリコの馬鹿が、ひとりでワイバーンを狩りに行きやがった。巣まで行きてぇんだが、空を飛べるような魔道具は持ってねーか?」
ワイバーンの巣は、岸壁の高いところにあるらしい。そこから下りられなくなったキリコをどうにか助けに行きたいようだが……。
「……すまない。飛べる魔道具は、今すぐ出せる状態じゃないんだ」
「クッ……。そうか。いや、こっちこそ無理言って悪ィな。どうするか……」
ワイバーンの巣から名無しの里まではそれなりの距離があるため、ダメ元でトランのもとへ助けを求めに来たらしい。
トランとしても協力したいところだが、魔道具が壊れてしまっていては仕方ない。
他に何か手はないか。
トランが考えていると。
「あの……わたくし、飛べます……!」
そう言って手を上げたのは、いつになく真剣な顔をしたミュカだった。