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辺境の狩人

「――ってわけで、旦那にはちぃっとイイ感じの魔道具を作ってもらおうと思ってなァ」


 そう言うと、ソウリュウと名乗る竜鱗族(ドラゴニュート)の男は温くなった薬草茶をグイッと飲み干した。


 彼はこの辺境で狩人をしているらしい。

 トランたちが普段口にしている肉類や、魔道具修理に利用している魔物素材など、彼が狩って里に卸しているものも多いようだ。知らないところで、人と人とは繋がっているものである。


 だが、それと依頼内容は別の話だ。

 トランは静かに口を開いた。


「悪いんだが……俺はよほどのことがない限り、新規での魔道具作成は断っているんだ。基本的には修理だけを受け付けている」


 作成依頼を受け付けてしまえば、きっとトランは自分の納得のいくよう最新の技術で魔道具を作り上げてしまうだろう。

 だがそれは、少なからず誰かの仕事を奪ってしまうことに他ならない。トランにとっては可能な限り避けたいことだった。


「はァ……。んなことは、事前に聞いてんだよ」


 ソウリュウは腰の魔導ポーチを漁り、茶色のガラスでできた酒瓶を取り出した。勢いをつけて豪快に酒をあおると、口の端をニヤリと持ち上げる。


「この夢魔族(サキュバス)の嬢ちゃんの腕は旦那が作ってやったんだろォ」

「……まぁな。だがそれとこれとは別だ」

「能力として魔道具が作れないってわけじゃねぇ。よく知らねぇが、どうせ小せぇことを気にしてウジウジしてるだけだろうが。いいから、おとなしく俺の魔道具を作りやがれ」


 ガンッ。

 テーブルの上に酒瓶を叩きつけ、鼻で笑う。


 無遠慮に煽るような物言いに、みなの視線がソウリュウに集まる。だが彼は、周囲の目など気にも止めず、トランの顔をジィッと覗き込んだ。


「なァ、()()()()()()()()よォ」


 その言葉に、場の空気が凍る。


 シューナス家とは、トランの実家――魔道具職人であった父親の姓だ。トランにとっては苦い思い出のある家名であり、忘れてしまいたい過去であった。


 黙りこくったトランに対して、ソウリュウは調子づいたように畳み掛ける。


「こんなカビ臭ぇとこに引きこもってよォ。旦那も職人の端くれだろ。小面倒くせぇことをぐちゃぐちゃ言わねーで、手ぇ動かせ。それが仕事だろ?」


 ニタニタと笑いながら再び酒瓶を傾ける。

 彼の発言は、明らかにトランを挑発する目的のものであり。


「――お帰りはあちらです、ソウリュウ様」


 ミュカを激怒させるには、十分な内容であったらしい。


 客間の戸を大きく開けたルルゥと、冷たい声色で退出を促すミュカ。ソウリュウは愉快そうに口元を歪めながら二人を眺めていた。


 ちなみに、彼を連れてきてしまったカチュア(着衣済)は頭を抱えて「こんなはずじゃ……」などと呟きながら部屋の隅で小さくなっている。

 おそらく彼女は、依頼人を連れてくることでトランの役に立つ人材であるとアピールしたかったのだろう。今回は完全に逆効果であったが。



 そんな中、トランは冷静にその場を分析していた。


「ソウリュウ、と言ったか」

「あぁ、なんだァ?」

「……アーヴィング家にはいくら積まれたんだ?」


 その言葉に、彼は目を丸くしてトランを見返した。


 実はこの工房に来訪者があった時点で、トランはいくつかの予想を立てていたのだ。

 帝国がトランを引き入れようとしているか、王国がトランに魔道具を作らせようとしているか、またはアーヴィング家がミュカの様子を探ろうとしているか。誰かがわざわざ工房を訪ねてくる目的は、そんなところだろうと。


 トランを挑発した上でミュカの様子を観察していた彼を見て、最後のパターン……彼がアーヴィング家の手の者だということは容易に想像がついた。


「ククク。まァ、別に隠し通す類いのもんでもねーがな……お察しの通りだ。旦那はずいぶん冷静じゃねぇか。ちぃっとくらい怒るかと思ったが」

「別に……。言われたのは事実だけだからな」

「……まァいいか。お嬢ちゃんとはずいぶん仲良くやってるみてぇだな。ご当主サマもこれで安心ってわけだ。イイ報告ができそうだぜ」


 悪びれもせずにそう言うと、ソウリュウは椅子の上にふんぞり返って大きな笑い声を上げた。



 トランの近くに寄ってきていたルルゥは、理解が追いつかないといった様子で首を傾げた。


「マスター、どういうこと?」

「あぁ。つまりは、アーヴィング家の当主がソウリュウに依頼して、ミュカの様子を探らせたんだ。俺を挑発して、ミュカがどんな反応を示すかを観察してたのはそのためだろう」

「ふぅん。豪快なフリしてやることが陰険だね」


 ルルゥの言葉に、ソウリュウの肩がピクリと揺れる。


「トランさん。すみません、わたくしのせいで」

「あぁ、気にするなミュカ。いずれはアーヴィング家からこういう動きがあるとは思ってたから。それより、俺のために怒ってくれてありがとな」

「いえ……。わたくし、こういう傲慢な男性って大嫌いです。つい王族を思い出してしまって……」


 ミュカの視線に、ソウリュウは少し気まずそうに佇まいを直した。それから、彼はふと思いついたようにトランを見る。


「あぁ旦那。魔道具に関しちゃ本当に依頼したいんだが、受けてくれねぇか?」

「……この流れでそれか。肝が座ってるな」


 ちなみに彼からの依頼内容は、要約すると「投げた槍が戻ってくるような魔道具を作れないか」ということらしい。

 彼の得意武器は槍。しかも、投槍術こそが彼の戦闘技術の肝である。離れている獲物を狩るのには便利な一方、槍を紛失することも多いのだとか。


 最近手に入れた「良い槍」を不用意に無くさないよう、投げた槍を呼び戻す魔道具がほしいのだと言うが。


「お茶なんか出さなきゃよかったよぅ」

「トランさん。追い出すのなら力を貸しますよ」


 ルルゥとミュカは完全に彼を敵視している。

 トランはまだ彼のことを判断しかねていたが、少なくとも現時点でこの依頼を受けるつもりはなかった。


「ったく……。嬢ちゃんたちにゃ、ずいぶん嫌われちまったなァ」


 クスクスと肩を揺らすソウリュウ。

 彼はまだ粘る気満々といった様子で、椅子から立ち上がる気配はない。その表情には余裕があり、交渉ごとにかなりの自信があるようだった。


 その後ろで、ユラリと揺れる影があった。


 カチュアよりもさらに小柄な体。額から伸びる二本の角に、滑らかな栗色の髪。前髪はまっすぐ切りそろえられ、後ろ髪はうなじのところで三つ編みに結われている。

 ソウリュウと共にやってきた鬼角族(オーガノイド)の少女だった。


 今の今までずっと気配を消していた彼女は、工房を訪れたときと同じ無表情のまま。


――腰の魔導ポーチから大きなハンマーを取り出した。


 大人の身長ほどある長い柄の先端には、乱暴に溶かし固めたような黒鉄の頭がついている。


「ソウリュウ師匠……」

「んァ?」


 彼女の振り下ろしたハンマーが、ソウリュウの顔面を真正面から捉える。


 ゴッ――。

 鈍い音が響くと、ソウリュウは椅子から転げ落ち、潰れたカエルのように仰向けに倒れた。


「…………天誅」


 そう言うと、少女はペコリと頭を下げる。


「……師匠が大変失礼した。わたしはキリコ。遺憾ながら、このソウリュウ師匠のもとで狩人見習いをしている。体は小さいけど、十四歳。よろしく」

「ご丁寧にありがとうございます。わたくしはミュカです。トランさんの妻で、キリコさんとは同い年ですね。よろしくお願いします」

「ルルゥだよ。よろしくキリっち。それにしてもナイスなハンマー捌きだったよぅ!」


 ルルゥとミュカは一瞬で彼女を気に入ったようである。


 ソウリュウは白目を剥いてピクピクと痙攣しているが、竜鱗族(ドラゴニュート)は頑丈なので平気だろう。そう考えつつ、トランは彼からそっと視線を逸した。


 鬼角族(オーガノイド)は大柄で筋骨隆々の者が多いと聞くが、キリコの体は他種族と比べても年齢の割に小柄だ。とはいえ、大きなハンマーを持ち上げている様子からは、見た目より遥かに筋力が強いのだとわかる。


「本当はわたしも、魔道具について相談したかったのに……。バカ師匠がぜんぶ台無しにしてしまった。こんな状況では無理……」

「いえそんな、気にしなくて大丈夫です。相談があるなら、まずは話してみませんか。トランさんならなんとかしてくれるかもしれませんよ?」

「そうだよぅ。マスターは優しいからね」


 ルルゥとミュカがキラキラと輝く目で見つめてくるため、トランは苦笑いをしながらコクリと頷き、キリコに椅子をすすめた。


……()はどこまで流れを読んでいたのだろう。


 そう思いながら、ソウリュウの食えない人柄に思いを馳せる。

 少なくとも、愛想などとは無縁な様子のキリコが一瞬でルルゥやミュカと仲良くなったのは、彼が一身に不興を集めたおかげと言えなくもなかった。偶然なのか狙ったものなのかは、微妙なところだ。


(一筋縄ではいかないな……。こういう面倒くさい客も、これから増えていくのかもしれないが)


 ちなみに部屋の隅では、その面倒くさい客を連れてきてしまった当の本人であるカチュアが、口をぽっかり開けて真っ白に燃え尽きていた。


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