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穏やかな日

 東の空がほんのり明るくなってきた頃だった。

 アルフレッドの胸部装甲を閉じると、小さな起動音が聞こえ、程なくして彼は目を覚ました。


 大きな問題はなさそうだ。

 トランはホッと胸を撫で下ろす。


 アルフレッドはまだ混乱しているようで、キョロキョロと部屋を見回している。そしてその目が、大あくびをしているトランを捉えた。


「トランくん……。君が私を?」

「アルフレッド。体に変なところはないか」

「あぁ、ありがとう。今のところは……」


 横たわったまま少し腕を上げ下げして、彼は渋い顔をした。

 トランが新造した部品には、体の運動機能を制御する神経回路網の一部も含まれていた。四肢を動かせない、などといった不具合はないだろうが、今の状態ではどうしても違和感が出てしまうだろう。


「悪いなアルフレッド。駆動装置の微調整はこれからなんだが……少し寝かせてくれ。日が昇ったら調整を始めるから」


 トランの言葉に、アルフレッドはコクリと頷く。

 そして、その顔を悔しげに歪めた。


「……ソフィは……私のソフィは無事なのか?」

「あぁ、怪我はない。気落ちはしてるけどな」

「そうか……。私はまた、守れなかったのか」


 守れなかった。

 その言葉には、いろいろと複雑な想いが込められているようだった。一部だけではあるが、トランも彼の過去に触れたことがある。悔しがる彼の気持ちも察することができた。


 アルフレッドの願いはただひとつ。

 ソフィの笑顔を取り戻し、守ることだ。


「帝国は何を考えてるんだ?」

「さぁ……。私はもう、諜報部の魔導人形ではないからな。どうせ、ろくなことではないだろうが」

「まぁ、戦争目的なのは変わらないか」

「ブラキアス王国の肥沃な大地は魅力的だからな」


 吐き捨てるようにそう言って、アルフレッドは憎しげに口の端を歪めた。

 小国同士の小競り合いから育ってきたニディル帝国は、この二百年のうちに数え切れないほど王国との戦争を繰り返している。


 ただ、今回のやり口はいつもより過激な上、どうにも慎重さに欠ける気がした。一体どんな意図があるのか。


「まぁ、ちょっとした報復は仕込んだけどな」

「報復?」

「あぁ。奴らは魔導カメラを仕込んで、修理の様子を録画しようとしていたからな。その魔道具にちょっと細工をしておいたんだ」


 帝国の魔道具には一つの特徴があった。

 それは「マナ並列供給方式」をとっていること。同じマナタンクから分配器を経由して複数の魔道具にマナを供給しているのである。


 例えば家庭用の魔道具で言えば。

 王国で標準的に採用されているものは、魔道具一つひとつにマナタンクがついている。マナが切れた場合、電池を交換するように個別にマナ結晶を補充する必要がある。

 一方で帝国では、各魔道具がタコ足配線のようにマナ分配器に接続されている。家一軒に大きなマナタンクをひとつ置いて、マナ結晶を一箇所に集約する方式を取っているのだ。


 いずれも利点や欠点はある。

 ただ今回、トランの細工はそこを突いたものであった。


「録画データを再生しようとすると、並列接続された全ての魔導核(コア)に過剰なマナが流れるようにしておいたんだ」


 ある意味、コンピュータウィルスのようなものである。


 トランが魔導カメラに仕掛けた細工は、共用しているマナの分配器を誤動作させる悪辣なものだ。もちろん、一度焼き切れた魔導核(コア)は使い物にならない。


 古代の精密な魔導装置はそういったセキュリティ面も考慮されているが、現在はそのあたりを気にする技術者などほとんどいない。トランにしてみれば、やりたい放題である。


「あはは、可哀想に。下手をすれば、研究所の高価な魔道具類が全滅するだろうな」


 その惨状がありありと想像できたのだろう。

 アルフレッドは実に爽やかな笑みを浮かべた。




「じゃあ、悪いな。少し寝させてもら――」


 トランがそう言いかけたところだった。


 部屋の扉がバンッと大きな音を立てて開く。そして、四本腕の人影が倒れ込むようにして駆け込んできた。


「アルっ! あぁ、私のアル! 気づいたのね!」

「おぉ、マイスイートハートよ! 私の可愛いソフィよ、可憐な花よ! もしや私のことが心配で眠れなかったのかい?」

「眠れるわけがないわ! あぁ、魔導の神様、そしてトラン様、深い感謝を捧げます。何より私のアル。私を守る猛き戦士アルフレッド。無事に戻ってきてくれて、ありがとう、ありがとう……!」


 突如として芝居がかったやりとりが始まる。

 トランは目の周りをゴシゴシと擦り、欠伸を噛み殺した。いい加減もう寝たかったのだ。


 見つめ合う二人は気にもとめない。

 大きな声で歌い始める始末だ。


「ルラララ――心配をかけたね、私のために咲き誇る可憐な野薔薇よ。ほら、また寝る前のスキンケアを怠ったんだね。美しい肌がガッサガサだよ」

「もう、アルったら可笑しい人。目覚めて早々、冗談が過ぎるわよ?」

「ソフィ……? だ、抱きしめてくれるのは嬉しいけど、ちょっと痛たたたたたたたたたい……君の素晴らしい腕は四本もあるのだから、少しは加減を痛たたたたたたたたたた――」


 二人はすっかり平常運転に戻ったようだ。

 トランは少し苦笑いをして、今度こそ長椅子に寝転がった。


 重い目蓋はすぐに落ちてくる。

 長い時間集中していたためか、首や肩周りはずいぶんと凝り固まっているようだ。後でルルゥにマッサージをお願いした方がいいだろう。


 また彼女に「人形づかいの荒いマスターだよぅ」なんて言われるだろうか。


「……本当にありがとう。トランくん」


 アルフレッドの静かな声を聞きながら、トランの意識は闇の中にストンと落ちていった。




 神殿の学習室では、年老いた神官が教壇に立って里の子どもたちに読み書きを教えているところであった。

 親のいる子も神殿で暮らす孤児もいるが、ここではみな平等だ。


「はい、わかったかな。ではここまでを……シャロン。読んでごらん」


 指名された女の子が立ち上がる。彼女は双頭族(オルトリア)の女の子で、首から上がふたつあった。

 この場合、朗読はどうするのかと思って見ていると。彼女はまるでハーモニーを奏でるように、ふたつの口から同時に声を出し始める。


「幸運の神様はとても気まぐれです。彼は雲のベッドにふわふわと寝転がりながら、暇つぶしに人間たちを見ていて、なんとなく目にとまった人に幸運を授けるのです――」


 思わず聞き惚れてしまうような美しい声で、歌うように朗読する。酒場で歌い手をする双頭族(オルトリア)が多いのも納得だ。


 そんな子どもたちの様子を眺めながら、トランとアルフレッドはゆっくりと歩いていた。


「どうだ? 先程よりは歩きやすいと思うが」

「うーん……。右膝が動かしにくいな。出力が弱いのかもしれない」

「分かった、少し見せてくれ」


 トランはアルフレッドの膝頭をパカッと開き、曲げ伸ばしを繰り返してマナの流れを観察する。

 朝から調整を繰り返しているため、精度を度外視すれば、現状でも体を動かすのは問題ない。あとは以前の体感覚に近づけていくだけである。


 少なくとも今日一日は、こういった駆動系の調整に費やす予定だ。



 そうやってしばらく進んでいくと、なにやら幼児の人だかりができているのが見えた。その中心にいるのは、他でもないミュカである。


「おねーちゃん、なかなかじょうずー!」

「こんどはオシロかいてー!」

「ドレスかいてー!」

「それでは、舞踏会の絵を描きましょうか。どういうのが良いですか?」

「かわいいの!」

「キラキラで! ふわふわの!」

「ふふ、分かりました」


 ミュカは大きな白い紙を前に、子どもたちのリクエストに応えてクレヨンで絵を描いていた。写実的な絵もあれば、デフォルメされたイラストもある。


……ミュカは絵がうまいのか。


 それは、トランがこれまで知らなかった彼女の一面だった。慣れない家事をしている時より、ずいぶんと生き生き笑っているように見える。


「あれがトランくんの奥さんか」

「あぁ。でもまだ、彼女については知らないことだらけでな……。俺なんかが夫でいいのかね」

「あはは、君の自己評価は、もう少しなんとかならないもんかな」

「……そう言われてもな」


 穏やかに笑うアルフレッド。

 トランはなんとも言えない気持ちになって、髪をクシャクシャと掻きながら窓の外を見た。



――そこでは、ルルゥと子どもたちが一緒になってひっくり返り、ブリッジのポーズをしていた。


「なぁアルフレッド。あれ、何だかわかるか?」


 アルフレッドはトランの隣に並び、窓の外を眺めながら首を捻った。彼も子どもたちの行動には心当たりはないらしい。


「あ、マスター! 修理終わったのー?」


 ルルゥの声に、子どもたちは一斉にトランの方を見た。すると突然、彼らはブリッジを止めて満面の笑みを浮かべながら、窓際に走り寄ってくる。


「アルが直ってるー!」

「願いが通じたんだー!」

「やったー!」


 歓声を上げる子どもたちを見て、トランとアルフレッドはようやく納得がいった。



――幸運の神様に目をかけてもらうには、願掛けチャレンジが非常に有効です。



 学習室から聞こえてくる朗読の声。

 前世で言うところの、百度参りや断ち物といった類のものに近いだろうか。この世界の幸運の神様は、なるべくトリッキーな願掛けを好む傾向があるらしい。


 ブリッジをしてまで叶えたかった子どもたちの願いは、もちろんひとつだろう。


「アルフレッドの快癒祈願、か」

「あはは。こういうところがあるから、私は人間を嫌いになれないんだ」

「……だからって、ブリッジはないだろう」


 クスクスと笑うアルフレッドを見て、トランは少しだけ心が軽くなるのを感じた。


 青空にはポツリポツリと雲が浮かんでいる。

 こういう穏やかな日がいつまでも続けば良い。トランはそう願いながら、小さく口角を上げた。


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