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帝国の影

 トランが作り出した魔道具の中には、絶対に世には出さないと決めているものが多数存在する。


 その最たるものが魔導装置事典(マキナ・リベル)だ。

 これは本の形をした魔道具で、魔道具の設計データがデジタル形式で記録されている。紙にすれば図書館一棟分にもなるだろう図面が、これ一冊に収まっているのだ。


 トランは表紙に手を当てて魔力を流す。


「――魔導装置事典(マキナ・リベル)解錠(アンロック)


 本の鍵がガチャリと音を立てて外れる。

 この魔力認証機能は、古代遺物(アーティファクト)の技術から学んだものである。登録された魔力紋でしか解錠することができず、トラン以外には本を開くことすらできない。


 魔導装置事典(マキナ・リベル)を中程からふたつに開く。すると、片面はモニタ兼タッチパネル、もう片面はこの世界の文字が書かれたキーボードになっていた。

 汎用計算機(コンピュータ)というよりは、図面の保管に特化した専用機ではあるが、明らかにこの世界において異質の魔道具である。


「ルルゥの図面は……これだな。アルフレッドに流用できるといいけど」


 トランは片眼鏡(モノクル)をかけてアルフレッドの体を観察しながら、手慣れた様子でタッチペンを動かし、新しい図面を起こし始めた。




 ルルゥとミュカが部屋に入ってきたときには、アルフレッドの体は綺麗に解体されていた。


 まずはじめに取り外したのは、人間でいえば胃腸にあたるマナタンクや変換器、心臓にあたるエネルギー循環器などだ。これは、破損した回路に過剰なマナが流れれば、最悪修復が不可能になるためである。

 人工頭脳についても、周囲との接続を切って慎重に取り出していた。これが壊れれば、アルフレッドの人格は二度ともとへは戻らないだろう。


 それらに付随して、彼の体中の様々な部品が取り出されていた。今や四肢や首も胴体から切り離され、トランでなければ元の形に組み直すことは不可能な状態だ。


「トランさん、魔銀を持ってきました」

「ありがとう。ミュカ、ルルゥ」


 図面から顔を上げると、トランはぐっと背伸びをして二人を見た。

 アルフレッドの構造は解析し終わり、修理方針も概ね固まってきた。あとは、破損して欠落している魔導回路がトランの想定通りで良いか、多面的に検証する必要がある。


「マスター、アルっちはどう?」

「あぁ。ルルゥの図面がかなり参考になったよ。ただ、いくつか壊れてしまった部品がある。必要な素材を紙に書いておいたから、二人にはコレを集めてきてほしい」


 そう言うと、トランは小さな紙をルルゥに渡す。

 ほとんどが魔物素材だが、おそらくは酒場にいる狩人や冒険者に聞いて回れば集められるだろう。


「トランさんはお疲れではないですか?」

「あぁ、適度に休むよ。今夜は徹夜になるかもしれないしな……。素材の方は頼んだ」


 トランはミュカの頭をひと撫ですると、再び図面へと目を落とし、修理の手順を整理し始めた。




 すっかり夜も更け、あたりは静まり返っていた。

 特殊な道具で魔銀を溶接する音が、ジジジ、ジジジと部屋に響き、何色もの火花がトランの顔を照らしている。


 修理自体は順調に進み、あとはいくつかの部品を追加して微調整をするのみ。トランは大きなゴーグルを脱いで脇に置くと、額から滴る汗を拭った。


「……少し時間ができたな」


 ここから先の修理は、壊れた部品を交換してから進めることになる。


 だが新しい部品は作成途中だ。

 現在はまだ、小さな魔導炉で溶かした魔銀を型に流し込んだところ。これが冷えて固まるのを待たないと、次の工程へは進めない。


 机の上の冷めたお茶をグイッと飲み干す。

 このお茶は、トランが修理に集中している間にルルゥが用意してくれていたものである。こういう細かいところに気を配ってくれるのが、彼女の良いところだ。


 大きな息を吐いて、指先を丁寧にほぐす。


(よし。今のうちに少し仮眠を取るか……)


 ちょうど、トランが長椅子に体を預けようとした時だった。


 コンコン。

 部屋の扉が静かにノックされる。


『ソフィよ。あの、入ってもいいかしら』

「……あぁ、今なら構わない」


 トランは魔導装置事典(マキナ・リベル)をしまい込むと、ソフィを招き入れた。彼女とは話をしなければと思っていたところだ。


 彼女は四本の腕でお茶や軽食を運んでくる。


「アルの修理は進んでいるかしら」

「あぁ。明日の朝には起動試験も行えるはずだ」

「そう……」


 ソフィは机の上に盆を置くと、お茶のカップをトランに手渡してくる。トランはそれを素直に受け取ると、


「……悪かったな、ソフィ」


 そう彼女に話しかけた。



――1%のひらめきがなければ、99%の努力は無駄になる。


 前の世界で発明王として知られる天才は、そんな言葉を残した。

 もちろん大前提として、成功のためには多大なる努力が必要だ。ただ彼は、何よりもひらめきこそが天才の第一条件であると語っていたのである。


 トランもまた、この世界に生まれてから努力を重ねていた。先人に教えを請うだけでなく、古代の魔導陣を読み解き、試行錯誤を繰り返した。決して前世の知識だけで成功したわけではないのだ。

 しかし一方で、前世で学んだ工学知識は「ひらめき」の代わりには十分なり得るものであった。結果的に彼は成功し、世間から「天才」と讃えられることになる。


 自分はチート(ズル)をしている。

 その思いこそが、彼の罪悪感の根底にあるものだった。



「アルフレッドを壊したのは帝国なんだろう?」


 トランがそう言うと、ソフィは警戒するようにその動きを止めた。


「それは……どうしてそんな……」

「帝国は俺の魔道具技術を掠め取りたいみたいだからな。おおかた帝国の所有する壊れた古代遺物(アーティファクト)をどうにかしたいんだろう。いずれにしろ、俺のせいでソフィとアルフレッドを巻き込んだみたいだ。本当にすまなかった」


 トランはペコリと頭を下げる。

 ソフィは小さく肩を震わせながら、気まずそうに視線を漂わせていた。


 アルフレッドを直接害したのは彼女ではないだろう。しかし、この部屋に魔導カメラを仕掛けてトランを呼び寄せたのは彼女に違いない。帝国の者に脅されたか、懐柔されたか、あるいは。


「私は、その……」

「あー、ソフィが気に病むことじゃない。自分の意思だったのか、強引に従わされたのか、知らずに協力させられたのか……。そのあたりは別に、気にもしていないさ」


 そう言って、トランは薬草茶に口をつけずに机に置いた。

 何かの薬が仕込んであるかもしれない。身を守る策は何重にも用意しているが、不用意に危険に飛び込む必要もないだろう。


 ソフィは少しだけ泣きそうな、それでいてホッとしたような顔をしていた。


「……ただ、奴らのやり口は気に食わないな」


 ルルゥと暮らしているトランにはよくわかる。

 ソフィにとってアルフレッドは無二の存在だ。


 帝国がトランの技術を盗むために、謀りごとの一環として「ただの物」のように彼を破壊したのであれば、絶対に許すことはできない。トランは静かに憤っていた。


「戦争をして、多くの国を従えて、領土を広げて……それが一概に悪いとは言えないけどな。ただ、そういうのに俺の技術が利用されるのはお断りだ。徹底的に反発させてもらうよ。機会があったら、奴らにはそう伝えておいてくれ」


 トランの前世の知識は、扱い方を間違えればこの世界の戦争の常識まで根底から覆してしまうかもしれない。

 だが彼はこれ以上、自分のせいで誰かが命を落とすことに耐えられそうになかった。


「……強いなぁ、トランくんは」

「弱いよ。だから山奥に引きこもってるんだ」

「私は……駄目だなぁ」


 そう言って、彼女は疲れたように笑った。


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